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03 きつねたちの手招き
「神さまから預かっていた『鍵』を失くして、学校も辞めさせられそうになっていたときに、鍵の持ち主っていうか……神さまから言い渡された『補講』っぽいのが、うどん屋出店。そういう解釈でいいのかな」
わたしが言うと、東堂が気分よさげにうなずく。ことさらに声を上げるわけでもなく、黙って時間が過ぎることを愉しんでいるみたいだ。
カウンター越し、きつね少年が酌をしてくる。注いでくれる日本酒は、ほわっと甘い。けれども、こういう飲み口の酒は要注意、ついつい飲みすぎてしまったら翌日に大変なことになる。
ふわーんとした心地いい酔いに、全身をまかせてみることも悪くないんだけどね。一応は社会人なのだから、やっぱり節度を考えましょう。
帰り支度をはじめたほうが、いいのかもしれない。そう思っていたころだった。
「茉莉ちゃん? もう酔っちゃったの?」
ほろ酔い同期が尋ねてくる。
「そうでもないんだけど、やっぱり眠たくなってきたみたい」
笑って肩をすくめると、残念そうな表情をされた。
「久しぶりに、同期と朝まで飲めると思ったんだけどなあ。しかも嫁入り前の、心憎からず思っている女性部下と夜明かしとか、生涯に一度くらいしてみたかったなあー」
わたしは冗談めかして言う相手の背中を「ぽかっ」と軽く叩いている。
「社内で変な噂になったら困るよ、お互いに」
「あはは。だってさー、同期がどんどん会社を辞めて行っちゃうんだもん。こんな俺だって、おセンチにもなっちゃうじゃない」
……この男、口調が少しずつ砕けてきている。ヤバい。いつも職場で見せている不愛想で謹厳実直っぽい雰囲気とは別人だ。
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