03 きつねたちの手招き

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 思い立ったが吉日と申します……なんちゃって。  けれども無防備に、このままの姿で電車に乗るわけにはいかない。  東堂のことだから「野々村さんは体調不良で欠勤します」と朝礼で話しているに違いない。仮にも体調不良の人間が平然とした顔で、職場周辺をウロウロしている状況はよくない。  しかも我が職場、一時間の昼休憩は人によってまちまちなのだ。十一時半から三時までは近辺企業も、ランチのための休憩時間を設けている。ネームプレートを下げた人たち……もちろん、わたし自身も含めてなのだけれども……が、お初天神周辺に溢れかえっている時間帯。  そんなときに、あの神社近辺にいることは避けたい。  会社の同僚だけではなく他部署の人にも目撃されたら、翌日以降は非常によろしくない結果が待っている。  ちょっと考えて、マスクを着けることにした。  季節は秋も深まりゆく頃だからか、社内の中でもマスクをしている人が増えている。風邪の予防にもなるし、ちょうどいいだろう。もしも社内の誰かに会ったとしたら、その辺りにかかりつけの病院があると言えばいい。  できるだけ地味な色合いのコートを羽織って、外に出た。天気がいいせいか、すぐに額が汗ばんでくる。  マスクをいったん外して、コートのポケットの中に入れる。駅の改札を通るまで、ひとつのことをずっと考えていた。  ――東堂くんがケンちゃんと会うきっかけになった、秘密を知りたい。  正直言って今まで、お初天神に興味を持ったことなどなかった。地下鉄東梅田の七番出口を出て、会社に着くまでの近道として神社の敷地内を横切る程度だ。  わたしがいつも無意識に横切っていた神社の境内。その同じ空間を、東堂は酔った勢いとはいえ掃除をしたという。そのときに、陶器で出来たケンちゃんそっくりの「きつねの人形」を見つけたって。 「東堂くんが見えた、うどん屋の提灯。あれは、わたしにも見える。だとしたら東堂くんと同じように、わたしにもケンちゃんと引き合うものが、お初天神に行けばわかるかもしれない」  どんなものが、わたしを待ち受けてくれているのかな。そんなふうにウキウキした気持ちを、ふっとよぎる感情に気がついた。  あれっ?  なんで、こんなにムキになっているのだろう。 「変なの」  思わず、ひとりごちていた。わたしの隣に座っている男性が、ぎょっとした様子でこちらを窺っている。  咳払いをして座り直すと、ちょっとだけ周りの空気がゆるんだ。わたしは鼻の頭に人差し指を置いて、冷静に考えようとする。  なんでかな。  ヒトのかたちをしていながらもヒトじゃない「あやかしの存在」の、せいなのかな。  脳裏にケンちゃんの、ほんわりした笑顔が浮かんだ。その横には、機嫌よく呑んでいる東堂がいた。ふたりは別々の空気感をまとっていながらも、しっくりと馴染んでいるようにも見える。  なんでよ。どうして、そこにわたしがいないの。  あ、そうか。  わたしはケンちゃんに嫉妬しているのかもしれない。いや別に東堂係長が好きとか、そういう感情は微塵もないのですけれども。  気の置けない同期(と言っても、彼の方が三歳上なのだが)の関心事が、仕事以外に向いているのが落ち着かないのだ。  東堂が出来たことが、わたしには無理なのかもと感じてしまうことが、イヤなんだ。  
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