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「じゃ、行こうか。仕事が一段落着いたから、めっちゃ腹ペコ」
東堂が言いながら、大通りの道を右手に曲がる。縦に走る道路は新御堂筋。ふたり並んで渡りながら、わたしは言った。
「こっち渡ったところに、カレー屋なんてあるの」
「ああ。チェーン展開しているとこの。もうちょっと歩けば、インドカレーもあるよ。どっちがいい?」
「チェーン展開」
「オッケー」
あっという間に、目指すカレー屋に着いてしまった。自動ドアを開けると、ぱっと店内が見渡せる。テーブル席は、ひとつも空いていなかった。
「東堂くんはカウンターは嫌な人だったっけ」
「全然そんなことない」
「だと思った」
カウンターに腰かけて他愛ない会話をしていると、店員がオーダーを取りに来る。
わたしはチキンカレーを、東堂はカツカレーを頼んだ。右手でネクタイを大きくゆるめた東堂は、あらためてしげしげとメニュー写真を眺めている。
「たまに、ここのカレー食べたくなるんだよね」
「なんとなくだけど、わかるよ。カレーっていいよね。それに、あんまり時間が掛からないで食べられるメニューは気楽だし」
「そう、それ。ほんっと、それ。腹が減っているときに待たされるのは、つらいよ」
東堂はグラスの水に口をつけた。心底から、ほっとしている様子が伝わってくる。一緒にいる人がリラックスしていると感じられるのは、うれしいことだ。
わたしは彼に向けて、ちょっとだけ座りなおした。
「ところでねえ、東堂くん。聞いてくれる?」
「なによ」
彼の瞳が、キラッと輝いたような気がした。
「さっきね、わたし。大量のきつねに騙されちゃってたのよ。昨日の夜に東堂くんから聞いていた『お初天神』にいるきつねの歓迎とは全然まったく、扱いが違うの。ケンちゃんったら、ちょっとひどいって思った」
「茉莉ちゃんを騙したって。なにそれ」
今朝からの不思議な出来事を、わたしは身振り手振りを交えて話した。
「それって。ケンちゃんじゃないんじゃないの? 違うきつねだろ、よくわかんないけど」
「まあ……その御蔭で、さっき偶然にも東堂くんに遭遇できたんだけど」
「昨日、俺たちが会ってたケンちゃんだったら、そんな。茉莉ちゃんを騙したりしないんじゃないの?」
「あの日、あのとき、っていう言葉があるけど。あの時間帯に、わたしを東堂くんと引き合わせるためだとしても、過酷な運命モードだったんだもん」
東堂が「あはは、過酷。言い過ぎー」と顔をほころばせたと同時。奥のテーブルの方向に、激しくむせて咳き込んでいる人がいた。咳の音は結構、大きくて店内に、よく響いた。
はしたない、と思いつつ。盛大にむせ続けている人に視線を向けてしまっている。
「あっ。ケンちゃん」
わたしの声に東堂が反応した。ぱっとわたしの目線を追った彼は、ますますうれしそうにしている。普段はきりりとしている眉を、デレデレと下げちゃってる。
一番奥のテーブルには、きつねのお面を頭に乗せたほっそりした顔立ちのケンちゃんが顔を赤くしてむせていた。ケンちゃんは苦しそうに咳き込みながらも、まなざしはわたしをじっと見つめている。
ケンちゃんは咳き込みながら、ぱたぱたと手を横に振った。
「ま。茉莉さん、ち、ちがう。ぼくじゃない」
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