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ケンちゃんはむせながら、わたしに向かって一所懸命に手を振っている。
「ぼっ、ぼく。東堂さんや茉莉さんを騙すとか意地悪するとかっ……してなっ、ううっ……してないですっ!」
その顔は真っ赤だ。よほど、わたしたちの会話が衝撃的だったらしい。
東堂がにやにやしながらカウンターを外れて、ケンちゃんのいるテーブル席へと移る。
わたしの同期入社でもあり現在は上司が、テーブル真上に顔を突き出す。こちらも、あとに続いて座った。
「ケンちゃん、今日は学校は行かなくていいのか? 休みなの?」
東堂の問いに、ケンちゃんは耳まで赤くなった。わかりやすいなあ。あ、ヒトじゃなかった。きつねだったっけ。しかも、あやかし。
ケンちゃんはグラスの水を、ごくごく飲んだ。それから向かい合わせになった東堂とわたしを交互に見つめて深呼吸をする。
「きょ、今日は。学校は休みました。体調不良で」
「体調不良」
東堂がケンちゃんの言葉を繰り返す。きつねのお面が、上下にカタカタと揺れる。お面の下にある整った赤い唇が、おどおど開く。
「た、たまに。休みます。でも仕事は休まないですよ! ホントです」
わたしは苦笑しながら言った。
「本当かなあ、神の使い手が学校をズル休みなんて、あんまりよくないと思うけど」
ケンちゃんは、恥ずかしそうにうつむく。そして、食べかけのカレー皿を脇にずらした。
「学校は行きづらいので……時々休んで、仕事場近辺をうろうろします」
「先生には叱られない?」
わたしの問いに、おきつね男子は肩をすくめる。
「他の生徒がいないところで、結構きびしめに」
東堂が笑った。
「きみがひとりのときに叱ってくれるなら、いい教師なんだよ。よかったな、それだけでも」
ケンちゃんが、ますます身をすくめた。ぽつぽつ、言葉をつなぎながら話してくれる。
「でもね、それ。周りの同級生からは、あんまりよく思われていないみたい。だから、余計に行きにくい」
そうかぁ……。
わたしは軽くため息をついた。こんなに素直でやさしい子でも、受け入れてもらえない世界があるなんて。やるせない気持ちで、胸がいっぱいになってくる。
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