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席を移ってまもなく、頼んでいたカレーが運ばれてきた。ケンちゃんが、もじもじしながら東堂に言う。
「とっ東堂さんは、なんでここに」
「会社全体のパソコンが、いきなりイカれちまったのさ。サーバー落ちの理由もわからん。とりあえず課内の全員に昼休憩を命じたってわけ。それで俺も社外に出て来た。そこで茉莉ちゃんと鉢合わせたから、一緒にランチというわけ」
「へ、へえ」
「ホントにケンちゃんの仕業じゃないんだろうな。昨日の夜、会ったばかりの人間の職場に仕掛けるイタズラにしては悪質すぎると思うぞ」
東堂がにやにやしながら、ケンちゃんをからかう。
「そんなこと、ぼく。してませんよ? 第一、なんのために」
「さあなぁ。まあ俺としては、茉莉ちゃんに会えたからいいんだけど」
彼の冗談とも本気ともつかない口調に、わたしは首をぶんぶん振った。
「ちょっと待ってよ。誤解されたらどうするの?」
東堂はわざとらしく唇を尖らせる。
「なんだよ。お初天神の神様たちの、粋なはからいかと思ったのに」
「いらないです」
即答して何気なく真向いを見る。すると「お初天神に普段は常駐しているはず」のきつね男子が口をぽかんと開けていた。しかも目を見開いて、わたしと東堂の遣り取りを眺めている。
こちらの視線に気づいた「学校をサボった使い魔」は、にっこりと笑った。
「たしかに露天神社は縁結びとしても有名ですからね」
それを聞いた東堂がカレーをたいらげながら、意味深な視線を寄越してくる。
「ほらみろ。神さま予備軍も、お見通しだ」
ちょっとあきれるんですけど、この男。
「……んもう。ふざけたことを言ってないで、時間を気にしましょうよ係長」
相好を崩していた東堂が「しょうがないなあ」と言いながら、腕時計を見遣る。そして、わたしとケンちゃんに言った。
「楽しい時間って、すぐに過ぎてしまうな。そろそろ職場に戻るわ、俺」
茉莉ちゃんたちは、ゆっくりしといて。そう言い残した東堂が、弾丸のように去っていく。
ガラス扉を開けて出て行った東堂を見つめながら、ケンちゃんが言う。
「東堂さん、いつも職場で相当な緊張をしているみたいですね」
「……そう思うわ、わたしも」
「茉莉さんは、同期なんですか。あの人と」
「そう。あっちのほうが出世しているけどね」
「ふうん」
ケンちゃんは、しみじみと吐息をついた。
「ぼくね、東堂さんや茉莉さんみたいな人たちのためにも。あの店を、できるだけ続けたいんですよ」
「わたしたちみたいな人?」
「そう」
ほわっと温かいものが、流れてくるような気がした。
「場所を変えようよ」
わたしの言葉に、ケンちゃんがうなずく。
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