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ケンちゃんって、不思議な人だ。ああ、ヒトじゃなかったっけ……まあ、いいか。昨日の夜に出会ったばかりなのに、とても懐かしい感じがする。笑ってくれる顔が見たくなる。
引き合わせてくれたのは東堂係長なんですけどね。その東堂も、すっかりケンちゃんに惹きつけられたようだ。だって、ついさっきまで。あの人があんなにリラックスした表情を持っているなんて知らなかったのだから。
ちょっとぼんやりしていたら、ケンちゃんがわたしの肘をつついていた。
「天気もいいし、太融寺に行ってみませんか」
「お散歩?」
「そう。お散歩」
ケンちゃんがにこにこしながら、歩道を右に曲がる。わたしはぴったりと横に並ぶ。東堂の方が若干だけど、ケンちゃんより背が高いかもしれないと感じた。
「そういえば行ったこと、なかった……案内してくれる?」
「もちろん」
テナントビルの裏側にまわった。ビルふたつぶん程の距離を置いて、飴色の木塀で大きく囲まれた太融寺の門が見える。何気なく振り向くと、そこにも小さなお寺があった。賑わっている大通りのすぐ裏なのに、流れている風の匂いが変わったような気がする。
歩きながら、ケンちゃんはわたしを覗き込んできた。
「そういえば、さっきの東堂さんのことだけど」
「なあに?」
「仕事場では、どんな人なのか想像しかできないけど。昨夜と、ついさっきまで茉莉さんと一緒にいたとき、遠慮がなくていいなあと思いました」
「遠慮」
「お互いに気を遣わないで話ができて、しかも不愉快にならない間柄は素敵だなあと」
「そう?」
寺の門前、わたしは立ち止まって彼を見上げた。
「付き合いが長いからだと思うよ。同期入社だと結構、仲良くなりやすいものだし」
「そんなものかなあ」
ケンちゃんも立ち止まって、こめかみをさする。
「あんな商売をさせてもらっているけど、ぼくね。ホントは他の人と関わるのが苦手なんですよ」
わたしは相手の目を、まっすぐに見つめた。
「人付き合いが苦手だ、という人でも。いろんな分野でトップセールスマンになっていたりするよ。だから大丈夫だよ。それに、東堂くんもわたしもあなたのこと、好きだよ?」
「ほんとに?」
切れ長の目が、まんまるくなった。かわいいな、と思ってしまう。
「うん、ほんと」
「じゃあ、ぼくにも親しくなれる存在は出来るんだよね」
「当たり前じゃないの」
「うれしい」
ケンちゃんは、ほうっと吐息をついて肩を落とした。
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