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わたしとケンちゃんは淀君のお墓参りを済ませ、広々とした境内へと出て来た。本堂の手前、桜の木が植えられている。枝葉の下にあたるところ、大人ふたり分が座れるほどの長椅子が置いてあった。
「茉莉さん、ちょっと休みましょうか」
「うん」
うながされるままに、並んで座る。紅く色づいた桜葉が空の色と入り混じって、滲んで見えた。
ひと息つくなり、ケンちゃんが話しかけてきた。
「会社を休んでお初天神まで来てくれたのに、きつね見習いにイタズラされちゃって、ごめんなさい。代わって謝ります」
「ああ、そのこと」
わたしは笑った。
「いいのよ。東堂くんやケンちゃんと会ったら、どうでもよくなってきちゃったから」
「そうなんですか?」
彼は怪訝そうな表情を浮かべている。
「普通の人が、そんな目に遭ったら。不機嫌になってしまって当然だと思うんですけれども」
「そうかなあ」
風に揺られて、葉が一枚。膝の上に落ちてきた。それをつまんで、わたしは言った。
「今日は朝起きてから、なんだか変だったのよ。どうしても、お初天神に行かなくちゃ。行かなくちゃダメ……なにかに急き立てられるように、って。あんな感覚のことを言うのね。その通りにしてみたら東堂くんにも会えたり、ケンちゃんともこうしてお散歩できたりしているんだもん。だから結局は、よかったのかなあと思ってる。きっと、こうなる一日だったのよ」
「へえ」
もしかしてケンちゃんは、こちらの「朝から、きつねにイタズラされた」不平不満をぶつけられるかと思っていたのだろうか。ちょっとだけ、頬をゆるめてくれたような気がする。
「ところでケンちゃんは、なんで学校を休んでまでカレーなんて食べていたのよ」
わたしの問いに、相手はひゅっと肩をすくめた。
「カ、カレーうどんを作ってみたかったから」
「カレーうどん?」
「そう。これからの季節に、あったまるでしょ。だから」
長身をもじもじさせながら、ケンちゃんが答える。
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