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02 おきつね男子ケンちゃん
お面を頭に乗せた男の子が店主なのだろうか。
端正で、清潔感がいっぱいで。どことなく現実感がないような、あるような。不思議な感じの人だ。
「カウンターで、いいよ」
東堂が男の子に言う。わたしは、その隣に座った。すぐに湯呑み茶碗が置かれる。
「ご注文は」
「きつねうどんが食べたいんだけど」
「わたしも」
お面を頭に載せた男の子がうなずき、壁に体を向けた。すぐに、包丁がなにかを刻む音が聞こえてくる。母の背中を思い出すようなリズムだ、と思った。
東堂はといえば、うきうきした様子で店内を見回している。
少しして、わたしからの視線に気がついたらしい。こちらに顔を向けて、眉毛を下げた。
「そんなにおかしいの、俺」
「遠足に行く前の日の、子供みたいだなって思って」
「あはっ」
くつろいだ声を上げた東堂は、職場での彼とは別人のようだ。
「ずっと気になってたんだ、ここ」
「いつから?」
「チラシを拾ってから、かな」
「拾ったの」
「うん。三ヵ月くらい前かな。お初天神の境内で。茉莉ちゃん、知ってるよね?」
わたしは首を横に振った。
「あんまり、よく知らない。興味も、そんなになかったよ。駅から会社までの近道っていうわけでもないから」
東堂は頬をゆるめた。
「結構、面白いんだよね。ちいさな神社で目立たないけどね、本殿の他にも末社が三つくらいあったかな、あの敷地」
「へえ、そうだったのね」
東堂の頬が、赤く染まった。
「キッカケは飲み会だったのさ。営業二課の達成会に誘われて、朝の五時までカラオケに付き合ったときだ。解散したら帰ろうとするよ、普通は。けどさ、皆と別れたあとで東梅田駅の入り口階段の前でね。ちょっと冒険してみたくなった」
わたしは思わず、口元をゆるめていた。
「冒険、かぁ。ついつい衝動にかられて、突飛な行動に走りたくなったっておいうこと?」
「そう。それで、まっすぐ帰宅するのを止めたんだよね。で、いつもは足を向けたことがない駅の反対側に行ってみようと思いついた」
「ふうん」
「まあ、陽が昇るか昇らないかの時刻だからさ、コンビニ以外の飲食店とか、開けている店なんかないのよ。けど、なんとなく新鮮に思えてね。それで、お初天神の門に入っちゃったわけよ」
「うん」
「たまたま若い子が夜中に溜まり場にしていたのかな、ゴミが散乱してた。飲んだ帰りということも、あってね。普段していないことを、したくなった」
「気持ち、わかるよ」
「そうだろう? ついつい神社の敷地ぜんぶ掃除しちゃった。ゴミ拾いから、拭き掃除まで」
「そこまで、しちゃったの?」
「うん」
東堂は心底から、うれしそうだ。よっぽど、この『うどん屋』に来た経緯を誰かに聞いて欲しかったらしい。職場では見たことがない、饒舌な姿だった。
「でね、最後にお賽銭を入れて拝んだわけよ。『帰りまーす』って。そしたら賽銭箱の手前、ジャラジャラするヤツ。あれの下に、茉莉ちゃんに見せたチラシが落ちていたんだ」
「ジャラジャラ、って」
わたしが笑うと、東堂は真顔になった。
「だって、なんていうのか知らないんだもの。茉莉ちゃんは知ってる?」
「知らない」
「なんだよ」
わたしたちの会話は、そこで途切れた。男の子が、カウンター内側から振り向いてきたからだ。
「『鈴』ですね。太い紐は『鈴緒』」
東堂の目が、きらりと光った。
「きみ、普通の人間じゃないよね。俺らとは別の存在だ。この店も、そうなんだな?」
「ちょっと東堂くん! 失礼だよ、いくらなんでも」
肘をつついて咎めたのと、きつねの男の子が大きく破顔したのは同時だった。あっけに取られたわたしを尻目に、東堂は「やっぱりかあ」と納得したようにつぶやく。
「神社を掃除して帰るときにね。瀬戸物の、きつねの人形があった。境内に入ったときには、なかったのに」
「なに、それ」
わたしが尋ねると、東堂が「ふむ」と顎をさすった。
「だって本当のことだもの。神社に来たときはたしかに、なかった。だから不思議だったんだ。それも、やたら汚れていてね。磨いてみたら、彼にそっくりの顔だったんだよ」
「その陶器製の人形は、どうしたの」
「鳥居の脇に置いたよ」
東堂は、カウンター内側に目線を流す。
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