03 きつねたちの手招き

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 ――次の日。  目が覚めたと同時、職場に電話を掛けていた。ワンコールで出てくれたのは東堂だ。  正直言って、ホッとする。昨日の夜……正確には今日の午前0時前後なんだけど……「休んでいいよ、休みなよ」と言ってくれた上長本人が当日欠勤連絡を聞いてくれるのは、ありがたい。 「野々村ですけど」 「休みます、か」  くくっと、東堂係長が低く笑った。 「はい」 「まあ寝とけ。なんとかなるよ、今日は」 「ありがとうございます」  わざと、かしこまって言う。  東堂が咳払いをして、こわばった調子で応えた。 「明日は具合悪そうな(てい)で出て来いよ。わかっているとは思うが、梅田に遊びに来るんじゃないぞ? わかったな?」  わかってるってば……。おかあさんじゃ、ないんだから。  ついつい言いかけた言葉を、わたしは急いで手放す。電話の向こうから、執務室に入ってきた同僚や先輩の気配がしたからだ。  だから無難な言葉で返した。 「はい、そうします」  お大事に、と東堂が言って、そそくさと電話が切れる。  そのあと、何気なくスマホの時計を見た。八時二十分を指している。  「さて、と」  頭痛薬を二粒、口に放り込む。東堂は「欠勤した人間が、同じ職場の人間と鉢合わせしたらマズい」とは言っていたけれど。  ダメだと強く言われたら、ダメだと言われたことを素直にやりたくなっちゃうのも人の(さが)と申しましょう。 「お初天神に行ってみようっと」
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