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ただ、それだけのことだから。
だというのに、奏明さんは私を労う言葉をかけてくれる。
「それで職が安定しないんだね。生計も苦しいんじゃない?御両親は?」
「…お父さんは、逃げました。音花の女は呪われていますから。お母さんは、私が高校を卒業するかどうかの時に亡くなりました」
苦し紛れの笑みを返すと、一度目を背けられてしまう。けど、すぐに朗らかな表情で私を迎える。
「そう。嫌な予感もするけど、とにかく音花に会えて嬉しいよ」
「そそそそんな!こちらこそ!お会いできて嬉しいです」
ぺこりぺこりとお辞儀をして赤くなった頬を隠していると、怪訝な声色が耳を刺す。
「俺はちっとも嬉しくねー。お前らどっちとも早く出てけ!」
すると奏明さんが音もなく立ち上がり、前髪を雅に揺らして、間から夜詩さんを睨みつけた。
嫌な、予感…。
ギラッと光った眼光を合図に、奏明さんの右足が閃いた。そして、
「お前が出て、いけ!!」
夜詩さんの鳩尾にクリーンヒットした。よぼよぼのお爺さんのようにがくがくと崩れ落ちていく夜詩さんを静かに見下ろしている。
奏明さんって、優しいけど、怖い、のかもしれません。
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