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悩みの種
キーンコーンカーンコーン、と聴き慣れたチャイムが鳴る。
途端に生徒たちはガタガタ、と席を立ち、委員長の号令に倣って気だるそうに別れの挨拶をした。
部活に急ぐ者、談笑を始める者、さっと準備を済ませて帰る者など、生徒たちの放課後の過ごし方は多種多様である。
そんな生徒たちを見送りながら、このクラスの担任である和水(なごみ)はふう、と息をついた。
大学を卒業し国語の教員として採用されて早数年。気づけば三十路である。
担任を持つことにも慣れ、若々しく元気にあふれた生徒たちを見守りながら充実した日々を送っている。
そんな和水だったが、今、頭を悩ませている生徒がいる。
「センセー!」
そんな元気な声とともにガラガラと扉を勢いよく開けて教室に飛び込んできたのは、令(れい)というひとりの生徒。
着崩した制服に金髪にピアスといったいかにも不良っぽい格好をした彼が、今の和水の悩みの種なのだ。
「センセー、古典教えてよ〜。俺『蜻蛉日記』とかマジちんぷんかんぷんでさぁ」
「お前なぁ、教えるのは構わないけど、ちゃんとする気があるなら日頃の授業もきちんと受けなさい」
「去年よりだいぶ真面目になったよぉ?」
「足りんわ」
パシ、と持っていたファイルで令の頭を軽く叩く。令は大げさに痛がりながら笑った。
「センセー、そういえばさ」
二人で向かい合いながら古典を勉強していると、不意に令が顔をあげた。
「なに?」
「俺の一世一代の告白への答え、まだ変える気ない?」
顔を覗き込むようにして問われたが、和水は教科書に目を落としたまま、その質問に応えようとしない。
そんな和水の様子を見た令は、さらに続ける。
「そりゃあ、生徒と教師がそーいうアブナイ関係になっちゃダメなのは知ってるよ?でも俺、あと一年もしないで卒業じゃん。だからさ、俺あの時一年後俺と付き合ってって言ったよね?」
そう、和水の今の一番の悩みの種はまさにこれであった。
和水はいま、令に言い寄られている。
何週間か前に告白されて以来、生徒と教師だからと何度も断っているが、それでも食い下がってくる。
仕方ないので少々大人気なくとも令を避けようと思ったのだが、「勉強教えて」と言われたら教師としては無下に断ることも出来ない。
結果、こんな風に、何か言われても完全無視するくらいしか対処法がないのである。
「(令は女の子と付き合ってたのを見かけたこともあるからノンケのはずなんだけど…。どうせ若気の至りってやつだろう。相手にするだけ無駄だ。…こういうやつほど、こっちが本気にしたら、困るくせに)」
何を隠そう俺は純度100%のゲイなのだ。
どうしたもんかなあ、と和水はふぅ、とため息をついた。
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