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「お前誰だよ」
「幽霊だよ」
「幽霊なんているわけないだろ」
「いるよ」
「どこに?」
「ここに」
「アホか」
「アホじゃない!」
そんなやり取りをしている内に、屋台に囲まれた通りまで来ていた。
自称・幽霊は周りをキョロキョロしながら「わぁ何食べよう」と楽しそうだ。幽霊ならもっと怖そうに振る舞えよ、と言ったが屋台に夢中で聞こえていないようだ。
ソースや炭火、カステラの匂いが混ざり合って、祭の匂いがする。心臓まで響く和太鼓の音、オレンジ色の屋台の光、暗く霞む空。下駄が地面を叩く音。そのどれもが心地よかった。
自称・幽霊に呪われていることも忘れてしまいそうだ。
そう言えば、ナツオは?
まぁ流石に特等席には来るだろう。会ったら肩パンしてやるか。
そんなことを考えていると、突然狐の面がこちらを振り向き「ねぇ、あれ食べようよ」とタコ焼き屋を指差す。
「いいけど、お金あんの?」
「幽霊だよ?持ってないに決まってるでしょ」
「ふざけんな」
「幽霊である前に女の子だよ?」
押し問答の末、結局俺は自分を呪う幽霊にタコ焼きを奢ることになった。
「ありがとう。さすが男の子だね」
その言葉に、俺は気付いてしまう。
俺は今、人生で初めて女の子とデートをしていた。それも夏祭りの手繋ぎデートだ。
左手を包む細く冷たい指に、今更どきりとする。
俺の気持ちに気付いてなのか、そいつはぎゅうっと手に力を入れて顔を覗き込んできた。お面で表情は分からないが、悪戯な顔が見えた気がした。
結局、綿菓子と缶ジュースも買わされて、俺達は人混みから離れたベンチに腰掛けた。
幽霊は俺に背を向けて綿菓子にかぶりついている。
「こっち見ないでね。あと、君もお面を外しちゃダメだよ」
相変わらずのしゃがれ声だ。幽霊であることに付き合う方が楽なので、俺は素直に従う。
お面を少しずらし、タコ焼きを頬張った。
「おいしいね」
「甘いね」
「このタコ焼き熱いね」
相変わらず幽霊は楽しそうだ。
先に自分の分を食べ終わった俺は、周りをぐるりと見渡す。時々、通り過ぎる人がこちらを見て軽く微笑む。お揃いの面をしている姿が微笑ましいのだろう。こっそりとそいつの後ろ姿を見つめる。
嬉々として揺れる肩までの髪。白く細い首筋。女子の後ろ姿というのは、まったくもって誰だか判別がつかない。
誰なのか探るのは諦めて俺は尋ねた。
「お前さ、なんで俺に声かけたの?」
「呪いやすそうだったから」
徹底的に幽霊キャラを押し付けてくる。
幽霊であることを前提に話すしか、会話できそうになかったので、俺もそれに乗ってみる。
「お前さ、本当に幽霊だったら俺の友達呪うのやめろよな」
冗談めかして言ったつもりだったが、幽霊の体がピタリと止まる。お面を直し、こちらをゆっくりと振り返る。
「なんで?」
さっきよりもずっと低い声に俺はどきりとした。幽霊なのかもしれない、と少しだけ思った。
「なんで?」
面の向こうから感じる視線は、黙ってやり過ごすことを許してくれそうにない。
俺は正直に伝えた。
「マサキは…お前が呪ったやつは、俺の大切な友達なんだ。お前が本当に幽霊だとして、本当に呪いがあるとしたら、お前がマサキを苦しめてるってことだろ。あいつはここのところずっと入院してる。これ以上あいつを苦しめるのはやめてくれ」
マサキの浅黒い顔を思い出す。スポーツが得意で、勉強はいまひとつ。1学年3クラス制のうちの学校では珍しく、6年生の今までずっと同じクラスだった。マサキは別に仲の良い友達もいたので、毎日つるんでいた訳ではなかったが、それでもよくナツオと俺のところに来ては一緒に馬鹿話をした。一緒にいると、楽しい奴だった。
「俺はあいつに元気になって戻ってきて欲しいんだ」
狐の面は微動だにせずにこちらを向いている。しばらく黙って見つめあってから、幽霊が口を開く。
「あの子はもう助からないよ」
「ふざけんなよ!」
マサキが助からないということ、こいつが幽霊のふりをしていること、そのどちらに向けた言葉なのか自分でも分からない。
ただ、気付いたら怒鳴ってしまっていた。
その声は夏の夜の生ぬるい風の中に吸い込まれ、消えていく。遠くから聞こえる祭囃子だけが、二人の間を流れていた。
はっと我に戻る。
「…ごめん。そもそもお前幽霊じゃなかったんだった」
「いいよ。…幽霊だけど」
まだ言うか、と呆れてしまう。
幽霊も、ふふふと笑った。
まぁ、いいや。
離していた手をこちらから握る。相変わらずひんやりとしていた。
「もうすぐ花火始まるから、特等席に連れてってやるよ」
今度は俺がその手を引いて、歩き始めた。
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