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白い指
煙草のために店の外に出ると、少し離れたバス停に人影が見えた。
もうすぐ日付が変わるころだ。最終バスもとっくに終わっている。
その人影は、やはり女性だった。
「あの、バスならもう来ませんよ」
私はちょっと近づき、その女性に声をかける。
近くで見るとなかなかの美人だった。長い髪の影が顔に落ち、少し憂いのある雰囲気を醸し出している。
彼女は声をかけた私に目を向ける。そして上から下まで、まるで品定めでもするようにゆっくりと視線を動かした。
美人にそんなふうに見られるのは悪い気はしないが、それでも少し居心地が悪い。
「お気遣いありがとうございます」
と、たっぷり十秒はかけて検分を終えると、彼女はにっこりと微笑んだ。容姿に自信があるほうではないが、どうやらお眼鏡にはかなったようだ。私はほっとして言葉を重ねる。
「近頃この辺りは物騒ですから。待ち合わせでもしているなら、あそこの店で待ってたらどうです?」
「あら、それが目的ですか?」
「いえいえ、本当に心配して言ってるんですよ。若い女性ばかり狙った強盗が出てるってニュースで見ませんでしたか?」
「だってあなたが犯人かもしれないでしょう」
からかうような彼女に応じ、私はおどけて腕を広げて見せる。
「まさか、見てくださいよこの細腕を。そんな荒事ができるような人間に見えますか?」
「だって犯人が使うのは拳銃でしょ?力なんて関係ありませんよ」
「おや、よく知ってるんですね」
「好きなんです、そういう犯罪者のことを調べるのが」
「じゃあもしかして記者さんか何かで…」
女性は肯定するように微笑んで見せる。それにしたって、こんな時間まで取材というのはやや危機感にかけるのではないだろうか。本当は囮捜査のつもりだったのかもしれない。
そうだとしたら、ずいぶん見上げた記者根性だ。
「あなただってこんな時間まで夜遊びなんて、危険じゃありませんか?」
と、彼女は私に水を向ける。
「私には関係ありませんよ。それに、遊んでるわけでもありません。あそこの店はアルバイト先なんです」
「あら、そうですか。随分遅くまでやってるんですね」
「でも今日は全然お客が来なくて。あなたが来てくれれば張り合いも出るんだけどな」
冗談めかして言うと、彼女は細い指先を顎に当て、
「それは素敵なお誘いですけど…どうせなら、もっと静かなところに行きませんこと?」
そして誘うように私に一歩近づき、ゆっくりと口角を上げた。
私は困ったようなふりをしてさりげなく腕時計を確認する。短針はもう頂上を過ぎようとする頃だ。
どうせこの時間に客なんて来ない。片付けと明日の準備くらいなら、店長だけで十分だろう。
「ちょっと待ってください、車を出してきますから」
「あら、素敵。いったいどこに連れて行ってくださるのかしら」
小さなワンボックスカーの助手席に彼女を乗せ、私はシートベルトを締めた。
こんな美人に出会えるなんて今日はついてた。おもわず口元が緩んでしまう。
「どうかしたかしら?ずいぶんご機嫌なようね」
「あなたみたいな美人に出会えましたから。そういえば、調査はもういいのですか?」
「ええ、犯人の気持ちは十分わかったから」
「へえ、どんな?」
「世の中には迂闊なお嬢さんが多いってことや、その無防備な姿を見ていると、どうにかしたくなっちゃうってことです」
「はは、それは怖いな。いい記事になりそうですか」
「いえいえ、私は記者ではなくて、ただの野次馬ですから。自己満足で終わりですよ」
そういうと、彼女は小さなハンドバッグの中へ手を入れた。
「だから、最後は実践です」
私が最後に見たのは、拳銃を握る白い手だった。
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