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手洗い、うがい、スラム街
手洗い、うがい、スラム街。それが新型ウイルスに抵抗する手段だった。
新型ウイルスの抗体は、不潔で栄養状態が悪くて高ストレスな状況下でしか発生しない。
富裕層は自分たちがそんな目にあうことは当然やらないので、適当に貧民をさらって血を抜いて抗体を取り込んだのだ。
人間狩りに反抗した世界各地のスラム街は銃火器で武装したが、それでも闇社会では貧民狩りの依頼が後を絶たない。
行くなとは言わない、せめてこれを持っていけ。気休めにはなるだろう。
保健所の爺が差し出したのは小さなスキットルだ。
消毒用アルコールか。本物は初めて見た。
マスクはダメだ。転売屋に見つかった瞬間に毟り取られちまう。
それは知ってるが、どうしてこんな貴重なものを?
最近はあんたみたいな賞金稼ぎもめっきり減っちまった。抗体は金持ちどもにしか出回らんし、スラム街のドブ犬たちはどんどん凶暴になりやがる。
分け前を寄越せってわけか。いいだろう、いくらだ?
違え。無事に帰って来いってことさ。
随分とお人好しなんだな。
儂にも息子がいたんだ。あんたによく似た、馬鹿野郎だったよ。
……そうか。
話はもう十分だろう、持っていけ。
受け取ったスキットルからは上質なウイスキーの良い香りがした。
俺は町はずれの保健所を出た瞬間、すぐにそいつを飲み始めた。
こんな旨いものを消毒に使ったら罰が当たるぜ。
酒の匂いに惹かれて、周りに貧民どもが寄ってくる。
なあ、それちょっとくれよ。
もちろん。その代わり、血を少々抜かせてもらうぞ。
こうして俺は献血方式で大勢から血液サンプルを集め、抗体の人工合成に成功した。
せっかくなので、その人工抗体の名前にはあのお人好しな保健所の爺にちなんだ名前を付けた。
手洗い、うがい、ナイスガイ。今では、それが新型ウイルスへの対抗手段である。
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