運命のアルファは金色に輝く

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 ルカ直通ではなく、屋敷に連絡が入ってきたため、専用の部屋へ通された。  昔でいう電話室ほどの小さな部屋にバレーボールほど大きな水晶が一つ置かれてある。大きな水晶の前に置かれた椅子に座り、覗き込むとベスニクの姿が映っていた。 「お久し振りです。コーデリア様のお加減はいかがですか?」 「ご機嫌伺いなど不要。一体お前は何をしている」  まぁ、そうくるとは思っていたけど。 「何をとはなんでしょう?」 「お前が四人の邪魔をしていると聞いた。一日も早く番わせるのがお前の仕事だ。そして、三人の子を生すのがアレの務めだ」  まだ湊のことを『アレ』と呼ぶのか。カチンときたが、今の自分の役目はステファンの筋書き通りに動くこと。ベスニクを動かすことだ。そっと深呼吸して怒りを散らした。 「とは仰いましても、湊さまにまだ発情期がきてないようでして」  わざと戸惑った様子を出す。 「……まだ文献は見つからないのか」 「一冊だけあるにはあったのですが、肝心なことは書かれてありませんでした」  魔王城で仕入れた知識、手に入れたオメガ用とアルファ用の抑制剤のことは言わない。心底困ってるふうに溜息をつく。 「容姿が変わったのは成熟期に向かっているんだろうと言ったのはお前だ。あれだけ強力なアルファが揃っているんだ、促されるに決まっている。三人の誰でもいい、さっさと番わせてしまえ」  なんて他者を苛立たせるのが上手なんだろう。思わず感心してしまう。湊の容姿が変わったのを知っていて、ルカが変わった理由を話したのを知っている。やはりきちんと内通者はベスニクに報告してくれていた。ニヤリと歪んでしまいそうになる唇を噛みしめる。 「私がお三方を警戒するのには理由がございまして。しかし、こんなことをご当主であってもお伝えして良いのかどうか……」  どうせ水晶超し。パソコンほど画像が鮮明でないのを利用し、俯いて視線を逸らせ、憔悴しきった感を演じる。 「どういうことだ?」  話せと促されても、迷ってるふうに何度も言い淀んでみせる。相手が焦れてきたところで、実は…と切り出した。 「湊さまの容姿が変わってからというもの、お三方ともに湊さまへの接し方、気に入り方が変わってきました。ステファン様などは……」  何度も口を開いては閉じるを繰り返し、たっぷりと言い淀んだフリをしてから口を開く。 「湊さまの時間を止めてしまいたい、と事ある毎に仰るんです。城での儀式を受けてほしいとまで」 「なんだと?!」  これだけでベスニクにはステファンが何を言わんとしているのか、伝わった。オメガとしての湊を利用したいベスニクには、吸血鬼になってしまった湊だと利用価値が無くなってしまう。それどころか、次代の子を望むウラディスラフ家、ガーゲルン家、繋がりを持ちたいと望んでいる中御門家から恨まれることだろう。この三家に恨まれ、睨まれてしまえば、いくらシルシュスタイン家とはいえ、先はない。 「聞いてしまって以降、ステファン様だけでなく、イサーク様、尊人様にも注意を払っていたところ、怪しい動きが……そこにきて、これまでは一対一での対面を望まれていたのに、四人での対面を望まれるようになったんです。もし、お三方が結束して何かを仕掛けようとされているのですたら、私では阻止できません。一介の使用人である私には邪魔をすることで湊さまをお守りするしか出来なかったのです……っ」  声を詰まらせてしまったのは、笑いを堪えるためだったのだが、力不足を嘆いているように見せる効果になったので良しとしておく。 「どうすれば良いのか、悩んでいる次第でございます」  頭を下げ、ベスニクの言葉を待った。本当はどんな顔をしているのか見てみたかったけれど、ここは我慢だ。  中々返事をしないベスニクに焦れる時間は結構長かった。 「―――現状は分かった。他の二人の腹も探って報告しろ。いつでもいい。何か動きがあったときも、だ」 「ですが、まだお戻りでないということは、大変なときなのでは?」 「落ち着いている。今と同じ方法で連絡しろ。これでしか繋がらない」  コーデリアが療養している別邸がどこにあるのか知らないが、魔法を使った方法でしか連絡が取れない場所に建っているらしい。しかも、これほどの大きさがある水晶玉でしか映せないほど、遠い場所のようだった。 「どこにいても直接繋がる。いつでも構わん」  いつでも連絡しろと言われるほど、コーデリアの体調は回復したようで安心した。 「承知いたしました」  大きな水晶玉の中のベスニクの姿が消え、透明に戻る。第一段階は成功だ。水晶玉からベスニクの姿が消え、通信が途絶えたとしても、どこに目があるのか分からない。電話室を出る間、廊下を歩いている間、ずっと用心して険しい表情を作って歩いた。  湊の部屋のドアをノックし、入室すると、湊一人が待っていた。 「おかえり。大丈夫だった?」  険しい表情を崩していないルカを心配してくれる。ドアをしっかり閉め、周りに他の気配がないことを確信してからニッと笑った。 「大丈夫です。とりあえず、餌を撒くのには成功しました」  ピースサインまでしてみせたが、心配そうな湊を促し、一緒に次の準備をし始めた。持って出る荷物を並べながら、もう一つの心配事を聞かれた。 「連絡がきたってことは、体調落ち着かれたんだよね?」 「落ち着かれたそうです。なので、計画通りに進めましょう」  心配事の一つは軽くなったのでホッとしてくれた。でも、と続く。 「ルカが矢面に立ってくれるのが申し訳なくて」 「こんなのは矢面とは言いませんよ。ゲームのマスターになった気分です。手の内を知ってるんですからね」  言われてみればそうか、と少しだけ納得してくれた。 「でも、無茶はしないで」 「これから無茶をされるのは湊さまですよ?」  イサークに攫われる予定なのだから。以前の住居から持って来ていたリュックを出し、食料と飲み物を詰める。朝晩は冷える場所だと聞いていたので、防寒具も詰めた。寝袋に火種、タオルと洗面用具も。と詰めていたら、結構な荷物になってしまった。一泊二日の予定だと聞いていても、湊に不自由がないようにあれもこれも詰めたくなってしまうが、ルカはついて行けないため、亜空間に繋がる袋を使えなくてリュックを湊に持たせるしかないのが歯痒い。 「このくらいですかね」 「なんか、修学旅行みたいだね」  修学旅行どころか、遠足も家族旅行も行ったことがなかった湊はちょっと嬉しそう。家のすぐ近くの場所へピクニックに行くくらいしかなかったのだから、こんな場面でも嬉しくなってしまう気持ちが分かり、連れて行ってあげられなかったのを申し訳なく思う。 「厳しい引率の先生はいませんし、観光もできませんが、景色が綺麗なところだそうですので、楽しんできてください」 「うん!」  悠長にはしていられない。窓の外から合図があり、開けるとイサークが待っていた。まずはリュックを降ろし、続いて湊が飛び降りる。難なくイサークがキャッチして手を振りながら二人で歩いて行った。  後ろ姿を見送り、部屋を飛び出し、三人の中では湊の部屋に一番近い尊人の部屋まで走った。  ノックをして出てきた尊人に焦った様子で、 「湊さまはいらっしゃいますか?!」  わざと大きな声を出して聞く。 「いないけど?」  目配せをした尊人が驚きながら返す。 「本当に?!確認させてください!」  半分開いたドアの中に強引に入り込む。バタン!と音を立てて閉まった。 「さっき連絡がきたんだよな?前に話してたより早くなってない?」 「尊人様におしらせするのが遅くなりまして、申し訳ございません」  頭を下げた。本来なら連絡が入った時点から、ある程度のインターバルを空けて動く予定だったのだが、思いの外、ベスニクからの連絡が入ってこない時間が長かったので、イサークとステファンとルカで集まった際に作戦を変更し、一気に畳みかけることにしたのを尊人に伝える前に今日を迎えてしまった。 「湊さまがいつ発情期を迎えられてもおかしくない状況になってきたのと、コーデリア様の体調がまた急変されるかもしれませんのとで、短期決戦でいこうかとなりまして」  何か思うところがあるのか、ハッとしたように頷いていた。 「それもそうだな……。ってことは、第一段階は上手くいったみたいだな」 「はい。あちらも落ち着かれたようで、いつでも連絡しろと言われました。先ほど、イサーク様と湊さまをお見送りしました」 「じゃあ、湊がいなくなったのを聞いて、俺が日本の妖怪にとって鬼は貴重な存在だ、こちらでは保護できないようだから、全面的に中御門家で保護するよう手配する、一族の者を魔界に呼んで湊を捜し出して日本に連れ帰ると言っていると報告してくれ」 「ありがとうございます」  再度、頭を下げた。 「けど俺、芝居できないんだよなぁ……」  学芸会の劇でさえ苦手だったし、と眉を下げる尊人に和ませてもらった。 「尊人様はそのままで大丈夫です。笑わずにいてくださればそれだけで」 「笑わずに、ね」  表情を引き締めたところで再び部屋を飛び出す。 「ちょっ……!分かったんだろうな?!」  追いかけるでもなく、ルカの背中に強い言葉を浴びせかける尊人の演技は完璧だった。尊人の部屋を飛び出してから廊下を走る抜ける間、すれ違った使用人達が咎める目を向けてくる。時折、湊を見かけなかったか?と聞くのも忘れない。  次にステファンの部屋のドアをノックし、 「湊さまはいらっしゃいますか?!」  と声を張り上げ、湊がいないのだと使用人達に印象づけた。 「どうしたんだ、大きな声で」  出てきたステファンを押しのけるように部屋の中に入る。 「おいおい、急にどうした?何があったんだ?」  ドアを開けたまま言ってからステファンがドアを閉めた。 「順調なようだな」 「はい。イサーク様と尊人様の動きも探り、いつでも連絡して良いとのことでしたので、ステファン様の筋書き通りに進めました」 「コーデリア様の体調が落ち着いてる間に済ませてしまおう」  この後、イサークの部屋に行ってイサークがいないのを確認してから電話室に直行し、イサークと湊が失踪したことを報告する。 「その際にこれを使え」  封筒を手渡された。宛名はベスニクになっている。 「イサークに書いてもらった。中身は『我が番を連れ帰る』だ」  短い文書に色んな意味が込められていて、効果は絶大だろう。シルシュスタイン家は大っぴらに湊を取り返せない。湊が魔物のオメガだと知らされている者が少なく、いくらベスニクの命令であっても、オーフェリアの子だからという理由だけで日本の鬼の血が混じった異端者を取り戻すためにガーゲルン家に歯向かうのに賛同する者はほぼいないだろう。 「尊人様にも了承いただきました。ステファン様の筋書きだけでなく、『捜索のために一族の者を呼び寄せる』まで付けてくださって」  ほう、と嬉しそうに微笑む。 「さすがだな。日本の妖怪が魔界に大挙するだろうなど、ベスニク様の焦った顔が目に浮かぶようだ」  あとはそれぞれが他の二人もいないのなら、話し合いに応じないと跳ね除け、三人ともに呼び出さなければならない状況に追い込むだけだ。 「それでは」  頭を下げ、退室しようとして呼び止められた。 「くれぐれも無茶はしないように。あくまで直接対決が目的だ」 「承知いたしました。では」  ここでも乱暴にドアを開けて飛び出した。途中で使用人を二人ほど捕まえて騒ぎながらイサークの部屋に行き、使用人にもイサークがいないのを確かめさせた。大変だ、ベスニク様に報告しないと、と言いながら電話室に入ったのも、ベスニクに直接連絡できるから他の者は手を出すなの牽制をしておいた。  さっきの今で回線を繋いだせいで随分訝しそうではあったが、本当にすぐに直通で繋がった。 「大変です!湊さまとイサーク様の姿がありません!」  顔を見るなり水晶玉にくっつく勢いで声を上げた。 「―――なに?」 「湊さまがお部屋にいらっしゃらなかったので、お三方の部屋に捜しに行ったところ、イサーク様の部屋に置手紙が……ご当主様宛で……」  胸ポケットに入れておいた封書を取り出して見せる。きちんと封がしてある面と宛先を交互に水晶玉に向けた。 「構わん、開封して中身を読め」  震える手で乱暴に封を開け、中身の便せんに目を通して息を飲む。 「早く読み上げろ」 「『我が番を連れ帰る』」 「っ、こちらに見せろ!」  便せんを水晶玉に向けた。読んだ途端、ベスニクがわなわな震えている。 「どうしてこうなった?!」 「分かりません……もしかして、ご当主様からの連絡が入ったのを知られてしまったのかも……」  お前のせいだと遠回しに詰りつつ力なく項垂れるルカの口元には薄い笑みが浮かんでいる。しかし、ベスニクには唇を噛んで耐えているように見えるだろう。 「先ほどだな?そう遠くには行ってないだろう。屋敷の者を使って捜し出せ」 「しかし、私の言葉を聞き入れてもらえるのでしょうか?」 「ロイスから連絡を入れさせる」 「ありがとうございます!……あのっ、湊さまをお捜ししている際に尊人様からご当主様へ伝えるようにと」  ピクッと眉が動いている。 「あ……、湊さまとイサーク様の行方捜しが優先ですよね。こちらは後ほど」 「言え。ロイスには今、そちらに連絡させている」  水晶玉の端にロイスらしき姿があった。他の水晶玉を使って連絡を入れている最中なのだろう。 「はい。あの、湊さまがいらっしゃらないのでお部屋を確認させていただいたところ、大変激高なさいまして……『日本の妖怪にとって鬼は貴重な存在だ。こんなところには任せておけない。全面的に中御門家で保護するよう手配する。一族の者を魔界に呼んで湊を捜し出し、日本に連れ帰る。ご当主に伝えておくように』と」 「―――鬼が?」 「どういうことなのか、尊人様にお聞きしましたら、鬼は大変稀少な存在だそうで。現在の中御門家のご当主は、日本の妖怪の保護を積極的に行ってらっしゃいまして、鬼の血を引く者がいると知れば、全力で当たられるだろうとのことでした」  日本側の事情を知らなかったベスニクが苦々しい顔をしている。  思わず、ナイス!と拳に力が入ってしまった。手紙を握り潰してしまった形になったが、この状況なら悔しさの現れと受け取られるだろう。 「本家へ連絡を取るのを踏み止まらせろ。何としてでも捜し出せ」  まあ、このくらいが限界か。無茶をするなと釘を刺されていることでもある。今のルカは湊の行方が分からず、不安になっているのでなければならない。早く見つけ出さなければと焦るのは自然だが、焚きつけ過ぎると不自然になってしまう上に、イサークが不利になってしまう。早く見つけ出したいはずのルカがいつまでもここにいるのも変で、僅かでも勘繰られたら終わりだ。 「はいっ!必ずや、見つけ出します!それでは」  そわそわするルカに頷き、ロイスに向かって一言二言告げる様子を横目に電話室を出ようとした。 「―――ルカ」  呼び止められて振り返った。 「それぞれから直接話を聞く。下手に刺激するな」 「承知いたしました」  深々と頭を下げてから退室した。  電話室から出たルカを待ち構えていたシルシュスタイン家の使用人が数人。ロイスからの連絡を受け、捜索隊を結成すると言う。 「どのルートを通って行くのか不明な状態ですので、数名ずつ組んで捜索しましょう。私はステファン様と尊人様に部屋から出ないよう、お願いしてから追いつきます」  急いで!と追い立て、走り出て行ったのを確認してからステファンの部屋に向かった。  ノックをして部屋に入り、経緯を伝える。 「直接話を聞くとまで言ったか」 「はい。これから私も捜索隊に加わります。お二人はお部屋でお待ちください」 「ああ。使用人を借り出すということは、ガーゲルン家にも連絡しないつもりだろう」  連れ帰ると書いてあったのに、先ずガーゲルン家に確認を取ろうとしないのは、イサークの行動に目を瞑り、穏便に済ませようとしている証拠だ。 「尊人様を踏み止まらせろとも言われました」  ふっとステファンが笑う。 「ここまで思惑通りに進むのも怖いもんだな。いいチームだと思わないか?」 「素晴らしいチームです。ステファン様、イサーク様、尊人様が組まれれば、向かうところ敵なしですね。尊人様から湊さまにお話しされてました。お二人がお力をお貸しになるとか」 「俺が出来ることは微々たるものだけどね。昔からの顔なじみだが、イサークはお堅くて真面目過ぎる奴だと苦手意識を持っていた。食わず嫌いはいけないな。つくづく反省したよ。尊人の細やかな観察力にも脱帽させられた」  嬉しそうに話すステファンは、初対面のときから一番印象が変わった。どこか排他的、怠惰なイメージだったのが、交流を持つにつれ、生き生きとしてきた。 「そこにルカがいて、俺達を湊と繋げて支えてくれて、湊が俺達に刺激を与えてくれている。最高のチームだ」 チームとまで言い切ってしまうほど、この五人の繋がりを大事に思ってくれている。その通りだと思うので深く頷いた。 「仲間として、あとは尊人が自信をつけてくれたら丸く収まると思っているんだが……ルカから見て、湊はどうだ?」  やはりステファンも気づいていたのか。 「お気づきでしたか」 「いつも湊の視線が尊人を追っているからね」  湊の尊人への気持ち。湊も自覚し始めていて、けれども過去の痛みを伴う記憶のせいで尻込みしてしまっている。両親のせいだけでなく、ルカのせいでもある。あの頃、もっと心に余裕があったら湊の受けた疵を浅いものに止まらせられたかもしれないのに、自分の痛みでいっぱいになってしまっていた。 「イサークが言うには、尊人の態度を見ていれば、尊人も充分に湊を想っていると。俺には控えめ過ぎて分からないが、あの堅物のイサークが言うんだから間違いないだろう。俺達としては、二人を応援したい」  二人を応援するため、尊人に自信を持たせるために、尊人の夢を後押ししてくれたんだろうか。 「ああ、二人を応援したいのと、尊人のプロジェクトに出資するのとは別の話だからな?誤解しないでくれ」  尊人のプロジェクトに乗ったイサークの事情を聞いているうち、魔王と魔王城を魔界に呼び戻すため、ルカも逢った妖精や精霊が安心して棲める場所があるのを示したら、帰還が早まるのではないかと考え、魔王による魔界の支配を希望しているステファンも乗ったという。 「利己的な考えでの出資で、二人のように純粋な動機じゃないんだ。まあそれで尊人と湊の背中を押す一因になれたら、喜びが更に加わる」  なんて人なんだろう……。ベスニクに召集されたときには、誰もこうなるとは予想もしてなかった。こんなにも湊の幸せを考え、望んでくれる者がここにいてくれる。人間界にも魔界にも弾かれてしまうんじゃないか、だったら自分だけでも湊を守って育てていく、なんて卑屈になっていた過去の自分が恥ずかしい。  そして、傍にいて見守り続けていただけだけど、幸せを応援して背中を押そうとしてくれる仲間を作れる存在に成長してくれた湊が誇らしい。さすが、ご主人様と旦那様の子だと思う。一番近くで成長を見てきた分、どんなに湊が素晴らしいのかを知っている。主従の契約を結んでいたとはいえ、小さな世界に閉じ込めていた一人になっていたのを謝罪したいが、過ぎ去った過去はもう取り戻せない。自分が育てたんだから、は半分冗談、半分本気で思ってる。  愛しい人達の、愛しい子供。  子供を育てた経験もなく、知識もなかったが、必死に勉強して一緒に育ってきた。  閉じこもってしまった殻の一部分に罅を入れるだけでいい。親は親、湊は湊。血は繋がっていても、別の生き方をしてきて、違う人達と出逢い、現在があるのだから、怖がってないで出てきて欲しい。 「お二人が早くお気づきになればいいんですが」  怖がる必要なんてない。喜び、笑い、悩み、慰め、癒す相手が周りにいる。 「そうだな。肝心なのは二人の気持ちだ。俺達は先走らないように気を付けないとな」  初々しい二人についつい手をかけ、口を出してしまうけれども、あくまで二人の気持ちが優先で。周囲が勝手に盛り上がってしまわないよう、戒めていこうと言われ、頷いた。 「湊さまにはご自分で気づいていただかないといけませんから。あれで案外、頑固なんですよ」 「まだ誰にも渡したくない親の心境が分かるよ」  ふと顔を見合わせて笑った。 「では、尊人様にも報告に行き、捜索隊に加わってきます」 「頼む。―――諸々が落ち着いたら、ルカとゆっくり話したいな」  真っ直ぐ見つめられた穏やかな目に、「ぜひ」と返して部屋を出た。  尊人にも報告し、上手くいって良かったと安堵の溜息をつかれた。 「明日には戻られる予定です。ご不便のないよう、屋敷に残る使用人には重々申し伝えますので、よろしくお願いします」 「ありがとう。ルカも気を付けてくれ」 「はい、ありがとうございます。では、行ってまいります」  頭を下げて部屋を出たあと、イサークから聞いた場所へ向かっている捜索隊に追いつき、加わった。勿論、二人を見つけるためであり、明日までの時間稼ぎのためだ。
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