泣くことさえできなくて

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泣くことさえできなくて

こんな時は無理して人混みにでも紛れていた方が気持ちも紛れるかと、 夜の街に出て無理して人混みに紛れてみたけど、 人が多ければ多いほど逆に孤独は際立ち、 見知らぬ人たちと関われば関わるほど、 なおさらに自分はここにいてはいけない気がしてきて、 それを打ち消そうと必死に楽しそうなことを楽しそうにやっているふりをして時間を潰しているうちに、 結局いつの間にか一人取り残されたまま夜明けは訪れ、 何も得ることも無いままにまた外の世界へと放り出された。 これからの目的もわからないのに、 居場所が無くなったがために交互に踏み出される自分のつまさきを見詰めながら、 なんとなくぼんやりと、 歌を、口ずさんでいた。 *** 明け方の改札口で 慣れない煙草の煙と一緒に深いため息を吐き出して 人影も無い歩道のガードレールにもたれ 優しい記憶をひたすらに辿り 行き着く先は 確実なものなど ただのひとつもなく  自らの積み上げてきた道は もはや儚く 昇りくる太陽は 霧とこのため息に埋もれ 溶け合うようにこの体も消えてゆけたなら良かったのに 何かひとつを信じて生きられたのならば  きっとそれは 誰よりも幸せで誰よりも不幸だ 腕を伸ばしている 今日もただ明日へと 歩き出してみたけど 君の声は もう きこえないや 帰るべき場所と 帰りたい場所  ビルの屋上に群らがるカラスを羨み  足音を立てぬように 呼吸を止めて歩いた 誰も私の存在に 気付かないでいられるように 何事もない退屈な日常を削り取り 毒と癒しで その穴を埋めてみれば やがて振り返り ただ虚ろなその目にも 自分自身を削り潰しているだけなのだと気付く 歩くことをやめて 思いにふけるだけの夜 思うことに疲れ 歩き出さずにはいられない朝 腕を伸ばしている 今日もまだ明日へと 立ち止まってみたけど 君の音は もう きこえないや 腕を伸ばしている 今日もただ明日へと 爪を研いでみたけど 君のからだ もう ここにないや 生きることをやめずにいる  今日も また 明日へと こんなに叫んでるけど 君の記憶は もう きこえないや きこえないや きこえないよ *** ただ、君に、会いたい。
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