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診療所近くの森の中。この辺りには一本だけカキの木があると、近所のイワクラさんが教えてくれた。
「私は食べないのですが、カイ君ならお好きかと」
とのこと。
それでまぁ、俺はカキの木の目の前にいるわけだが……
「崖じゃねぇか……」
俺をあざ笑うかのようにぽっかり空いた裂け目。その奥に鮮やかに輝くオレンジ色。
裂け目は広く、跳んでも届きそうにない。無理して採らなくてもいいが、諦めるのも何だか嫌だな。ノアかアオイがいれば、跳ぶなり飛ぶなりして行けるのだが……
「……」
その時、俺は妙な考えに至った。
「この崖、割と狭くね? 」
謎の自信が俺の頭を埋め尽くす。まぁスイカイとも戦ったし、色々な場所を旅したから、体力が多少上がっていてもいいだろう。崖の幅は約八メートル。走り幅跳びの世界記録が八メートル九十センチ程。
ヒトにとって無理な距離ではないはずだ。今の俺なら、これくらいの崖でも行けるんじゃないか?
「やるか」
屈伸、伸脚、アキレス腱。小さくジャンプと準備運動。手首と足首も入念に回しておく。怪我したらいけないしな。
一二の三で助走を始めて加速する。地を蹴る。体が軽くなる。俺は一気に跳び上がる。
風と身体の短い触れ合いの後、俺の体は浮遊感に包まれる。今までに無い跳躍。あまりの勢いに足が吹き飛びそうだ。
あぁ、向こう側に足が着きそうだ。やっぱり俺も、やれば出来るんだな。もう少しで向こう側、あと少し、あとほんの少しで……
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