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恵利の事情
「ただいまぁ」
恵利はまぶたのはれが引いたのを確認してから、帰宅した。
そのまま台所へ行き、食事の支度をしている母親のそばの椅子に座って、すでに出来上がっていたきんぴらごぼうを、小鍋からつまんだ。
母親は忙しく手を動かしながらもふり向いて、「お帰りなさい」と言った。
「お母さん、これ、醤油足んないよ。甘すぎ」
すると、母親はそこではじめて手を止めて、恵利の顔をあらためて見た。
「そんなはずないわよ。あんた、今日なにかあった?」
恵利はギクッとした。先ほど流した涙がしょっぱすぎたから、きんぴらを甘く感じたのかもしれない。
「べ、別になにもないよ」
明らかに動揺している恵利だったが、母親は、「……そう?」と言っただけで、それ以上突っ込んではこなかった。思春期真っただ中の娘のことを、尊重してくれているらしい。母親のそういうところが、恵利にはありがたかった。
「あ、そういえば、少し前に優希さんから電話あったわよ。30分くらい前かしら」
「ふうん?」
恵利は時計を見た。
「あー、食後の自由時間だ。けど、もう、回診の時間に入ってる。明日掛け直すよ」
「そう。なら、そうして」
「うん。夕飯までまだ少し時間あるでしょ? ちょっとシャワー浴びてくる」
「はーい」
恵利は椅子からピョンと、元気そうに下りて見せた。
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