彼女が好きなもの

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● 青空に所々綿菓子がふよふよ浮かんでいるような、ある晴れた日の事。 朱月椿は黒い筋の入った赤いポニーテールを揺らしながら街の大通りを楽しそうに歩いていた。この日は学園での授業はなく、友人との約束も特にない、何も用事のない暇な日だ。 だからこそ彼女はある目的の為に街中へ出向いた。 鼻歌でオリジナルソングを歌いながら携帯端末を取り出し、歩きながらあるページを開く。様々な衣装の写真と広告文がずらりと並んでいる。 「えーっとメルマガによると、今日は新作のバニースーツが入荷されるらしいのよねー!後は販売終了になってた巫女服も限定で再販されるし……楽しみだわ、ふふっ」 笑いながら声が大きめの独り言を漏らす。 歩きスマホは危ないのでやめましょう。あぁホラ、電柱にぶつかりそうになった。 「さて、もうすぐ開店時間ね。急がなきゃ」 端末をズボンのポケットに入れ、若干歩く速度を上げて目的の場所へと急いだ。 ● 彼女はイタリアンが好き、音楽ゲームも下手くそながら好き、子供の相手をするのも好き。 でもそれよりも好きなのが―― 「いらっしゃいませー!」 「良かったー、ちょうど開店時間ね!早速メルマガに出てたコスプレ衣装チェックしないと!」 そう、コスプレだ。 彼女の本業は学生であり、決してカジノのバニーガールでも神社の巫女さんでもない。ただのコスプレが好きな一人の18の女性なのだ。 笑顔のスタッフに出迎えられながらコスプレショップの中に入り、お目当ての品を探し回る。 そこそこ広い店内で販売されている衣装のほぼ全てがコスプレ衣装のこの店、男装女装にあらゆる職業の物から露出がヤバい物まで幅広く売っている。勿論ヤバいものはR18として区切られていはいるけど。 余談ではあるのだが、ここは何を隠そう椿のお気に入りで行きつけの店だ。 「こっちかしら?あっちは男装コーナー、今いるのは制服コーナーで……」 お目当ての物は中々見つからないらしく、悪戦している……かと思いきやそうでもないらしく、 「ん、あ、この衣装いいわね。こっちも少し気になるし、後でチェックしておこうかしら……」 途中途中で気になる衣装を次々手に取り、吟味していた。 衣装を見る目はまさに職人の様で。 と言っても綻びや材質を見ているわけではない。いや、正確にはおまけ程度には見ているのだが、主に見ているのはサイズやデザインだ。いくら可愛くても着れなければ意味がないし、その逆も然り。彼女には彼女なりのこだわりがある。 椿はそれなりにグラマーな体型なので、どうしてもそこがネックになるのだという。 この場において、彼女の辞書に寄り道も道草もない。 「……あ、あったあった。もう、広告のポスターを作るならもう少し大きく分かりやすく作れないのかしらね?」 そして、程なくして遂にお目当ての品を見つけ、小さくため息を漏らす。 『メルマガ広告の品』とでかでかと書かれた手作りポスターを目印になったようだが、いかんせん他の棚に隠れてしまうほど低い。何がともあれ見つかって良かった。 ハンガーに吊るされたバニースーツをぐるりと回して全体を見た後、腰に当たる部分を優しい手つきで触れ、最後に肌に接する裏地の部分も指でなぞるように触る。「……!?」と椿の頭に衝撃が走る。 「なるほど、手触り良い上に本物に似せた仕様なのね!ちょっと値段が張るのも納得だわ。」 カラーもデザインもシンプルな黒にサテンを合わせて光沢を出してとても扇情的ながら可愛らしい。裏地は肌に優しい素材を別で使っており、着心地はかなり良さそうだ。 カフスに耳付きカチューシャもセット。誰がここまでやれと言った。 しかし、これを買うとなると再販の巫女服が買えなくなるらしく、所持金と新作バニースーツの値段を比べて渋い顔をして悩むこと数分。 椿はバニースーツを持ってレジの前に立っていた。ほぼほぼ迷ってない。 ● 「ふんふふーん、早速帰ったら着てみようっと!」 お昼から少し過ぎた頃、来店前より浮かれた気分で椿は紙袋を持ってスキップ気味に帰路についた。 買ったのはバニースーツだけで、巫女服の方は後日まだ販売されていたら買うとこの事だ。 彼女はコスプレが好きだ。きっかけと理由だってとても簡単なもので、「着てみたら楽しかったから」の一言で全てが終わってしまう。 今も昔もそれ以上でも以下でもなく、ただ純粋に楽しんでいる。 でも、それが一番好きかと言われたらそうではない。きっと二番目に来るだろう。 では一体何が一番なのか? そういえばお昼をまだたべてなかったと考え出した時、ちょうど生地屋から出てきた、片目が糸で縫われ閉じている青い髪の椿と同じくらいの男性とばったり出会った。 「お?ヨウ、奇遇だナ!」 「あ……!ねぇ聞いて聞いて!」 頬が緩み、浮かれて明るい顔がさらに明るくなる。 椿が一番好きなもの、それは――。
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