わたしの師匠は、優しくない。

1/7
前へ
/7ページ
次へ

わたしの師匠は、優しくない。

「あづーい……」  暑い。  もう夏も終わりだろうと思うのに、暑い。  私は今日、先生の家の納戸になってる狭めの部屋で、先生が貯めに貯めた資料を片付けている。 「そりゃ、そんな格好じゃ暑いだろ……休めよ、お前」  そんな格好、って。  この前、「お前は夏場はフル装備じゃねえとこの家の敷居は(また)がせ無い」って鬼みたいなこと言ったの、先生じゃん……。 「まだ休みません。せめて、この棚終わらせないと」  今日の私は、この家の敷居を跨いでいる。つまり、先生の言うフル装備だ。  フル装備っていうのは、漆かぶれを防ぐための服装と小物一式のこと。  長袖長ズボンの上に長袖のスモックタイプのエプロン、眼鏡にマスク。頭と襟元には、今日は日本手拭いを巻いてる。 「あのなあ。『休め』ってのは、『来るな』って意味だぞ。もう帰れ、片付けは良いから」 「帰りません!帰りませんんんんんんん……だいたいここは作業部屋じゃないんだからぁ、漆成分そんな来てないんじゃないですかぁあああ……」  ここは納戸だ。日頃漆を使わない。そんなとこまでこんなに厳重な格好させなくっても良くない?それに、作業場にはクーラーが有るけど、ここには無い。暑い暑い暑い。暑さ三倍……じゃなくて三乗…… 「ううう……帰りたい……」 「あー、帰れ帰れ。だから暑い時期は休めって言ってんだろうが」 「……横暴っ……」 「あ?俺がか?」  ぐったり呟くと、先生はムッとした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加