わたしの師匠は、優しくない。

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「……無駄な抵抗は止めて、諦めろ。暑い時期に漆が活性化すんのは、お前が生まれる遙か前から決まってんだ。後から生まれた奴が従え。……とりあえず休憩しとけ、休憩。」  先生はそう言うと、いつもの土瓶から湯呑みに茶色の液体を注…… 「えっ、今、番茶っ?!」 「安心しろ。今日は特別に、冷たい番茶だ」  確かに、よく見ると湯気が出ていない。 「へー……先生もたまには事前準備とか出来るんですねー……っ!?」  いつもの染め付けの蕎麦猪口にお茶を注いで居たのを、手を伸ばして受け取ろうとしたら遠ざけられた。 「コイツはやらん」 「えええっ?!ひどっ!意地悪っ!!喜ばせといて、何なんですかっ……期待させた分、罪が深いですっ!!」 「落ち着け、やっぱ頭沸いてんな……お前は今日はこっちだ、こっち」 「へっ?……それ、」  見せられたのは、先生の湯呑み。蕎麦猪口よりも一回りくらい大きい湯呑みに、お茶がなみなみ注がれる。 「ほら。今日は特別だ」  特別?  確かに、特別大きいから、たくさん飲めそう……。 「いただきます。……あ。美味し」  冷たいお茶が喉を通って、熱かった頭や顔や喉やお腹が、じんわり冷まされて、落ち着いていく。  お茶が冷たいからか、湯呑みもひんやりして気持ち良い。  中身がだいぶ減ってしまった、私の手には余るくらいの湯呑みに、ほっぺたをくっ付けて目を閉じる。 「せんせー……?」 「何だ」 「せんせーのこれ、きもちいーです……」 「……良かったな。飲んだら今日はもう帰れ」 「……やだ……かえらない……」 「お前、何言ってんだ」  何言ってんだ、って。  だって、私は弟子だから。  作業を手伝えないんだったら、他の事で、役に立たなきゃ。  黙っていたら頭に手拭いを乗せられて、わしわし頭を撫ぜられた。髪が扇風機の風に吹かれて、気持ち良い。  なんだか眠たくなりそう……と思い始めていたところで、遠くでからからと戸が開く音がした。
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