BANANAWANI

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BANANAWANI

 虎之助の死体は司法解剖され、隅から隅まで調べられた。  もとは人間だった肉体がDNAレベルから変質していたこと、寄生されていた痕が残っていたこと、そして解析不明の成分となぜか微弱な放射性物質が検出された。  そして須田太一は本件の三日後、郊外の自然公園にて変死体で発見された。死体は五体満足であったものの、内臓と男性器が丸々失われており、虎之助と同じような痕跡もあった。  警察は一連の事件の原因を「不明」とした。そして有識者を集めて更に検分したが、やはり解明出来なかった。  ただ、有識者のうちの一人が「地球外生命体による可能性」を唱えたが、当人が相当な変人で、あまりに突飛すぎる意見だったため誰も相手にしなかった。  その後バナナワニは表舞台から消え、目撃情報もなくなり、世の中から忘れ去られた。ただ時々思い出したように「都市伝説」として語られるだけになった。  だが変死体が減ったわけではない。  警察に寄せられる全事件のうち、公表されるのは一部だけで、本当に凄惨な事件は闇に沈んでいる。その一部には虎之助や太一の件と同じように、いまだ原因の判らないものも含まれている。  これらの関連性があると思われる事件を、警察内では極秘案件として「BW」という暗号名をつけ、専門対策チームが無期限で追いかけた。  それでも「バナナワニは何か?」という謎はいまだ解明されていない。それがどれだけ存在し、増減しているのかすらも不明なのだ。  そんな中で、解ったことがあった。  バナナワニは好んで男性を狙い、性交など何らかの方法て体内へ入ると、まず男性器に寄生する。もし幸運にもその段階で発見出来たならば、即座に切り落とせばそれ以上の成長を防止出来るということだ。  ただし脊髄まで寄生された者は助けようがなく、その場合は安楽死ののち献体という形で研究へ回された。  人命を犠牲にして未知の生物の蔓延を阻止する――それが今の我が国が、否、世界が取り得る最大の対抗策であった。  一年後、WHOからの強い要請もあって全成人に向けた「特定健康診断」が開始された。この頃になるとDNA鑑定でバナナワニの寄生の有無が確認出来るようになり、これで寄生を確認されたものは隔離され、然るべき「処置」を受けた。  寄生の予防策として、性交時のコンドーム使用が義務付けられた。妊娠はすべて体外受精となり、厳しく管理された。  冷酷な施策のおかげで、バナナワニ関連事件は減少した。当然人口も減り、経済活動も停滞したが、人類が滅びるよりは「マシ」だと言うのが世界の国家を統べる者たちの、共通の認識だった。  ◆  阿木信三はその日、体調が悪かった。腹が、とりわけ下腹部がどんよりと痛かった。微熱もあるし体もだるい。更に膀胱炎のような不快さもあった。  これは若い頃にかかった性感染症に似ている。まさか、先週接待で遊んだ女性が原因だろうか。  しかし今は国会の真っ最中で、国の首長たる自分が休むわけには行かない。ましてや七兆円に迫る防衛予算を通さねば、今後の対米、対中国北朝鮮政策に差し障りが出る。大物芸能人の薬物騒ぎで世間の目が逸れている隙に通してしまわねばならない。  気持ちを奮い立たせて審議へ赴いたが、議長が是非を問う大切な場面で急に小便が我慢出来なくなった。 「総理、お顔の色が優れませんが、どこかよろしくないのでは?」 「いや、大丈夫だ。ちょっと外すぞ」  隣の副大臣に断りを入れ、席をあとにした。  とにかく小便がしたい。  切羽詰まる体を騙しつつ、やっとトイレへ駆け込んだ。そして個室へ入り急いでズボンを下ろした。 「……え?」  大切な息子がバナナのような色に変色しかかっている。たちまち阿木は真っ青になった。  これは、もしや。  死にたくない、死にたくない、シニタクナイ!――必死の思考に何か別の意志が混じってくる。それに目を背けながら、阿木は素知らぬ振りを決め込んで審議へ戻った。  夜を迎え、阿木の症状は回復した。それどころか体力がみなぎるように感じ、疲れを感じなくなった。三日後には持病の水虫や胃炎も治まり、風邪もまったく引かなくなった。  何という不思議な感覚だろう。頭はすっきりとしてよく働き、睡眠が取れなくても疲れや眠気を感じない。食欲も性欲も高まり、よく食べ、愛人だけでなく本妻までも悦ばせられるようになった。  こんなに爽快な毎日を送れるなんて、まるでスーパーマンになった気分だ。  ただ、股間の息子は日を追うにつれバナナ色に近づいている。阿木は自分がバナナワニに寄生されたのを確信していた。  死にたくない、死にたくない、シニタクナイ。  頭の中で自分の意思とともに、別な意志が蠢く。これはきっとバナナワニだ。  どこまで侵されているのだろうか。意志が伝わるのだから、もう脊髄や脳まで繋がってしまったかもしれない。発覚すれば「処置」は確定だ。首相がそうなれば、我が国の存亡にも響きかねない。 「……あ!」  阿木は目を見開いた。  バナナワニと意思の疎通が出来ないだろうか。  意志が伝わってくるのならば、もしかしたら疎通させることも出来るかもしれない。  自分も、そしてバナナワニも生きることを望んでいる。それならば体内でバランスを取り続け、互いの利を得ることが出来るかもしれない。むしろバナナワニと「融合」することで、新しい形の人間として生きることが出来るのではないだろうか。従来の人間の能力を越えた「ネオヒューマン」になれば、それこそ我が国を統べるにふさわしいというものだ。  ソウダ、ワレワレハ駆逐デハナク共存ヲノゾンデイルノダ。  阿木の目が暗く輝く。「ネオヒューマン」の夜明けはそう遠くないことを確信した輝きだった。 (了)
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