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プロローグ 桜の下に眠るもの
縁側で胡坐をかき、俺はぼんやりと、色とりどりの草花を眺めていた。暖かい日差しが、ガラス戸越しに木造りの廊下を照らしている。しかし、外は冬が間近だと知らせるような冷たい風が吹いていた。
俺は庭に目を向けたまま、何度も読むうちによれて色あせたA五のノートを、手探りで手に取った。
秘めたるは桜の下に眠りたる
――母が残した俳句だ。
既に暗記しているのに、神経質さが伝わるようなその文字を目で追って、パタンとノートを閉じた。
今日だけで何回繰り返しただろう。
俺はうんざりして、縁側に寝そべった。背中に木の温もりを感じる。
「桜の下に、眠るもの、とは」
呟きながら、庭の桜の木に目を向けた。庭の中央奥にそびえ立つソメイヨシノの葉は赤く紅葉し、既に落葉し始めている。
いつか読んだ小説の冒頭には、「桜の木の下には屍体が埋まっている」と書いてあった。
この桜の下には、いったい何が眠っているのだろう。
それを確かめる勇気は、俺にはまだ、ない。
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