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病院での毎日はとても退屈だった。唯一の気晴らしは病院の外の庭に出て散歩すること。
この病院のお庭にはたくさんの植物が植えられていて、そこのベンチで寛ぐのが日課になった。
私は右手に緊急事態を知らせる無線ボタンを握っていた。いつ心臓が止まるか分らない私にはこれは最後の命綱だ。
だから私の行動範囲はこの無線ボタンの電波が届く病院の敷地内だった。
その日はいつもと違うことが起こった。
私の座ったベンチの足元に、突然サッカーボールが転がって来たんだ。それを追い掛けて男の子が走ってくる。
その子は私と一緒の病院服を着ているからすぐに入院患者だと分かった。
歳は私と同じくらいかな……。
私は立ち上がると、そのボールを拾い上げた。
「ごめん。拾ってくれてありがとう!」
彼は満面の笑顔を浮かべている。
心臓がドクンと大きく高鳴る。それは私の弱った心臓にとって久しぶりの衝撃だった。
「はいどうぞ。この病院に入院してるの?」
彼にボールを渡す。
「そう。サッカーの試合が近いから、しっかり治す為にね。ちょっと左目の視力が落ちていて、さっきもリフティングの途中でボールを落としちゃったんだ」
彼はボールを受け取るとハニカミながら応えてくれた。その様子からはとても入院する様な病気とは思えない。彼は受け取ったボールを頭でバランスを取っている。
「上手だね。ねえ、元気そうだけど本当に病気なの?」
「脳に腫瘍があるんだって。それに視神経が巻き込まれていて視力に影響が出てるって先生が言ってた。手術しないと失明しちゃうし、もっと大きな影響が出るって言われている」
彼はもう一度ボールを手に持つと空を見上げている。
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