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プロローグ
僕はオーストラリアのウーメラ砂漠に居た。
その日は父のオーストラリアでの仕事のクライマックスであり、僕も父に同行してその一大ショーを見学することが出来た。
無線からの声が聴こえる。
「カプセル切り離し信号受信、地球まで七万キロ」
それを聴いて、父が声を上げる。
「いよいよだぞ!」
「うん、パパ。でも何故カプセルを本体から切り離すの?」
父が僕を見て微笑んだ。
「大気圏突入は秒速十二キロを超える高速だ。だから空力加熱で船体の温度は三千度を超える。この温度に船体全てを耐えられる様にするのは難しいから、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製のヒートシールドに守れたカプセルのみが帰還するんだ」
僕は驚いて父を見上げた。
「じゃあ…… 本体は……?」
父は僕を見て少し悲しそうな顔をすると、もう一度空を見上げて言った。
「燃え尽きてしまう……。それもこのミッションの一部だ……」
僕は心臓が高鳴るのを感じていた。それは悲しみなのか、興奮なのか、良く分からなかった。でも『彼』は今日、その任務を終えるんだ…………。
またスピーカーから声が聴こえる。
「大気圏突入開始、突入角十二度。突入速度マッハ三六、秒速十三キロ」
「あっ、来たぞ!」
パパが指差す北の空を見上げた。
真っ黒な空に、一際明るく光る物体…………。
「あれが……」
「はやぶさだ……七年、六十億キロの旅をして来た……」
父がそれを見上げながら声を上げる。はやぶさは凄まじい輝きを放っている。その光に浮かぶ父の眼に涙が見える。
「見えるか『友也』? 本体の前に小さな光の点があるのを……。あれがカプセルだ。イトカワのサンプルを載せている筈だ……」
友也と呼ばれた僕はその二つの光を見上げながら呟いた。
「お帰り、はやぶさ…………」
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