ピアノの熱

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また男子だ。男子がダメだ。全然真面目にやってくれない。 合唱コンクールまで、あと二週間をきったっていうのに……ちゃんと歌詞とか、覚えているんだろうか。 「覚えてねえよ。何言ってるか分かんねえし」 岸くんの言葉に、みんながうなずいた。指揮の高井さんが一生懸命、説明する。 「これは、ジプシーの歌なんです……。『慣れし故郷を放たれて』っていうのは、つまり」 「ハナタレて? 鼻、たらしてんの?」 岸くんが笑うと、みんなが笑った。 「みんな教室に戻っちゃったよ」 わたしはピアノのいすから降りると、高井さんに声をかけた。高井さんがこっそり泣いていることに気づいたからだ。 正直、泣くほどのことかなあ、と思った。合唱コンクールなんて、たいした行事じゃないって気もする。 高井さんが、顔をあげた。涙でいっぱいの高井さんの目を見て、あー、まつげ長くていいなーと、関係ないことを思った。 「小峰さんにだけは言う。私ね。実は転校するんだ」 「えっ」 思いがけない言葉に、息を飲んだ。 「だから、優勝したかったんだ。C組みんなでできることって、多分もうないと思うから……」 うつむきながら、消え入りそうな声で言う。
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