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「みんなに言ったほうがいいんじゃない?」
と私は言った。
「でも、恥ずかしいし。わたしの勝手っていうか、わたしのエゴで勝ちたいだけだし、みんなは関係ないっていうか」
「関係あるでしょ」
わたしは思わず鍵盤を叩いた。じゃーんと大きな音が出て、高井さんが、びくっとする。
「みんなに言うのが恥ずかしいなら、岸くんに言おう。クラスの中心の岸くんが真面目にやれば、きっとみんなまとまるよ」
「分かった。小峰さんから言ってくれる?」
「なんで私?」
「だって、岸くん、小峰さんのこと好きだよね」
「えっ……」
「好きな子の言うことならきくんじゃない?」
思わず頬を押さえてしまう。困ったなーと思った。
昇降口のところで、靴を履いている岸くんを見つけた。呼び止めて、さっそく高井さんの転校のことを伝えた。
「だから、練習がんばろうよ。最後に、指揮者の高井さんに、いい思い出をつくってあげよう」
岸くんは、ぱちぱちとまばたきして、
「だってさあ」
と言った。
「だってさあ、女子はいいよ。楽し気にメインのパート歌ってさ。男子なんて、なんかあ~あ~言うばっかだし。女子は知らないだろうけど、男はな、声変わりとかあんだよ。思ったように声が出ねえの」
気まずそうに、靴ひもを結びながら岸くんは続けた。
「でもまあ、そこまで言うなら、歌ってやるよ。別に高井のためとかじゃねえけど。優勝したら、……なんかほしいなあ」
「なんかって?」
「なんかだよ。なんか、いいもの」
岸くんは、じっとわたしを見つめた。その目つきは、わたしの向こうのわたし、を見るようで、なんだか居心地が悪くなった。
「俺、願掛けしよっかなあ」
「願掛け?」
「うん。優勝したら……告白しよっかなあ」
「こくはく!」
「うん」
岸くんは、そのまま、ばいばいも言わずに、パーッと走っていなくなった。
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