ピアノの熱

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高井さんの話によれば、岸くんの好きな人はわたしらしい。 それが本当なら、優勝したら、好きって言われるのかもしれない。そしたら……。 心臓がどきどきしてきた。深く考えないことにしよう。 岸くんが歌うと、ほかの男子も歌うようになった。 高井さんの指揮に、わたしのピアノに、みんなの声が乗る。 練習を重ねるごとに、「流浪の民」は、みちがえるほどよくなった。 「慣れし故郷を放たれて、夢に楽土求めたり」 高井さんはここの土地を離れて、そのあとも、夢で、思い出したりするんだろうか。こんなふうに、みんなで練習した日々のこと。 そう思うと、胸がきしんだ。 コンクール本番の朝、女子は、みんなで髪を編み込みにした。 わたしの髪は、高井さんが編んでくれた。 「ずるいぜー。男子もやりたい」 岸くんがふざけて、ずいっと頭をわたしのほうに向けてきた。わたしはその頭を笑って叩いた。 岸くんの髪は茶色がかっていてやわらかそうで、ちょっと編んでみたい気もした。 「続きまして、C組による『流浪の民』です。指揮は、高井菜月さん。演奏は、小峰ゆうさん」 頭をさげると、拍手が体育館に響き渡った。 高井さんを優勝させてあげたい。……このクラスで優勝したい。 黒いグランドピアノに、自分が映る。高井さんが編んだ、編み込みが映る。きれいな編み込み。 高井さんを見る。高井さんも、こっちを見ている。 指先が白鍵に触れる。力強い最初の音。ひんやりとしたピアノの熱。 歌声が重なって、わたしたちが、ひとつになる。 だいじょうぶ。 きっとわたしたちは優勝する。
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