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1 始まり
私は安川優衣。高校2年生。
私には好きな人がいる。
春になり学年が上がると私の好きな人は隣のクラスになった。
同じクラスになれなかったのは残念だけど、離れててよかったとも思う。
ずっと同じ部屋にいたら真顔でいられなくなってしまう。黒板よりあの人を見てしまう。
授業なんて受けてる場合じゃない。今すぐ走り出して机を飛び越えて、驚いた彼の表情を見なければ、あるいは勢い余って転んだ私を見て笑ってくれるだろうか。
そんなの分からない。だって私は、好きな人のことをよく知らないのだ。
今私の隣を歩いているのは友達の風香だ。今から一緒に帰るところ。この子も私の好きな人。もちろん彼とは違う意味で。
風花は肩まである黒髪を揺らして私の顔を覗いて来る。恥ずかしくてくすぐったい。
硝子みたいに綺麗な風香はその見た目の割に可愛い物が好き。風花は見た目に似合ったアルトボイスで私に声を掛ける。
「優衣。前見てないと転ぶよ」
「えっ。私今どこ見てた?」
「無意識なの? 手元ばっかり見て。爪割れた?」
そう言う風香の目の前に両手を広げて見せびらかした。爪はぴかぴかピンク色だ。自分でも見惚れる。
そうしていると階段が近付いてきて、風花が「階段だよ」と教えてくれた。私は手すりにしっかり掴まって、二人で話しながらゆっくり一段一段降りる。
まだ肌寒いのに日差しばかり暖かい。朝は本当に春かと疑いたくなるくらい寒いのに。
昇降口に続く階段は日光がよく当たる。踊り場の窓と玄関の硝子戸からたっぷり日が入るから。だから私はここでのんびりするのが好きだ。
皆も同じようで、ここまで来ておいて井戸端会議を繰り広げる女子も多い。気持ちはよく分かる。風も通るし、気持ちがいい場所だ。
私は後ろ髪を引かれながら急ぎ足で自分のクラスの靴箱に向かうと、箱の上に振ってある番号を見ながら自分の靴を探した。番号だけじゃなくて名前も付けてくれればいいのに、と思う。
学年が変わると当然自分の出席番号も変わる。一ヶ月経っても私はまだ靴の場所を覚えられない。
風香はもう自分の靴を出しているところだった。
遅れないように急いで見つけると土間に靴を放りだした。冷えた地面を固い踵が叩いて跳ねる。その拍子に靴から何かがぽろりと落ちた。
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