17人が本棚に入れています
本棚に追加
高校に入学と同時に買ったローファー。一年しか経っていないのにもう壊れたのかと焦ったものの、落ちたのはただの紙きれだった。拾って中身を確認してみる。
“体育館裏で待ってます”とだけ書いてあった。綺麗な字だ。
私がなかなか動かないので風香も紙を覗き込んできた。風香は間の抜けた声を出す。
「えええ。なあにこれ。怖ーい」
「怖いかな」
「怖いよ。名前も書いてないじゃん。いいよ放っときなよ。絶対ヤバいよ」
私は紙をひっくり返したり回したりしてみる。差出人の名前はどこにもない。本当にたった一言しか書いていないようだ。体育館裏で待ってます。
「でもずっと待ってたらどうするの。可哀想じゃん」
誰かがずっと待ち続ける姿を想像してしまった。風香は冷たいもので、「別にいいでしょ」とさっくり切り捨ててしまう。
「ほら、いいから帰るよ」
「……風香は先に帰ってて。私はちょっと見て来る」
「止めときなって」
私はさっさと靴を履いて、ずれた鞄を抱え直すと風香に背を向けた。
「大丈夫! ヤバそうだったら即逃げるから! 私足速いし余裕」
何を隠そう私の速さはクラスでは三番目。一番速い人間が来ない限りは逃げ切る自信があった。そうして行きかけた私は、風香の声で思わず足を止めてしまう。
「あっ優衣!私分かったかも。もしかしてそれ、告白の呼び出しじゃない?」
風香がにやりとした。私はドキッとした。
一瞬で好きな人の顔が浮かんだ。そんな、まさか。
「ええ? 無い無い有り得ないって」私は赤くなった頬を隠すように手を振った。
「そりゃ、まあ、丹生では無いだろうね」
「う、で、ですよねー」
「でもまあ、そういうことなら私は先に帰るわ。ヤバそうだったら呼んで」
「大丈夫だって……」
風香は心なしかうきうきした様子で帰って行った。くそう。
一人取り残された私は改めて手紙を見た。
もしも私の好きな人、隣のクラスの丹生正樹くんがこの手紙を書いたとあれば私は今この瞬間死んでいる。それくらいに嬉しく、恐ろしいことだった。
どう考えても有り得ない。だって私は丹生くんとはろくに話したことも無いのだ。だとしたら、差出人は一体誰なんだろう。
名無しの短いメッセージ。その綺麗な文字には悪意は無いように感じられた。これを書いたのが誰であれ、放っておくのは胸が痛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!