1 始まり

2/8
前へ
/135ページ
次へ
 高校に入学と同時に買ったローファー。一年しか経っていないのにもう壊れたのかと焦ったものの、落ちたのはただの紙きれだった。拾って中身を確認してみる。  “体育館裏で待ってます”とだけ書いてあった。綺麗な字だ。  私がなかなか動かないので風香も紙を覗き込んできた。風香は間の抜けた声を出す。 「えええ。なあにこれ。怖ーい」 「怖いかな」 「怖いよ。名前も書いてないじゃん。いいよ放っときなよ。絶対ヤバいよ」  私は紙をひっくり返したり回したりしてみる。差出人の名前はどこにもない。本当にたった一言しか書いていないようだ。体育館裏で待ってます。 「でもずっと待ってたらどうするの。可哀想じゃん」  誰かがずっと待ち続ける姿を想像してしまった。風香は冷たいもので、「別にいいでしょ」とさっくり切り捨ててしまう。 「ほら、いいから帰るよ」 「……風香は先に帰ってて。私はちょっと見て来る」 「止めときなって」  私はさっさと靴を履いて、ずれた鞄を抱え直すと風香に背を向けた。 「大丈夫! ヤバそうだったら即逃げるから! 私足速いし余裕」  何を隠そう私の速さはクラスでは三番目。一番速い人間が来ない限りは逃げ切る自信があった。そうして行きかけた私は、風香の声で思わず足を止めてしまう。 「あっ優衣!私分かったかも。もしかしてそれ、告白の呼び出しじゃない?」  風香がにやりとした。私はドキッとした。  一瞬で好きな人の顔が浮かんだ。そんな、まさか。 「ええ? 無い無い有り得ないって」私は赤くなった頬を隠すように手を振った。 「そりゃ、まあ、丹生では無いだろうね」 「う、で、ですよねー」 「でもまあ、そういうことなら私は先に帰るわ。ヤバそうだったら呼んで」 「大丈夫だって……」  風香は心なしかうきうきした様子で帰って行った。くそう。  一人取り残された私は改めて手紙を見た。  もしも私の好きな人、隣のクラスの丹生正樹(にうまさき)くんがこの手紙を書いたとあれば私は今この瞬間死んでいる。それくらいに嬉しく、恐ろしいことだった。  どう考えても有り得ない。だって私は丹生くんとはろくに話したことも無いのだ。だとしたら、差出人は一体誰なんだろう。  名無しの短いメッセージ。その綺麗な文字には悪意は無いように感じられた。これを書いたのが誰であれ、放っておくのは胸が痛んだ。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加