1 始まり

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 彼、犬井くんは不満そうに唇を尖らせた。その仕草がどうも子供っぽい。 「酷い」 「酷くない。じゃあ敬語要らないじゃん。まあ後輩だったとしても別に要らないけど」 「俺も先輩だと思ってたよ今の今まで。学年ごと靴箱間違えたと思ってマジ焦ったー」  ほっとした様子で犬井くんは緩く笑った。うーん。なんとも小動物みたいで保護欲をそそられる。でも流石に撫でまわしたら怒られるだろう。  お互い初対面なのに、そう感じられないほど早く打ち解けられた。もっと早く知り合っても良かったなと思えるくらいだ。  隣のクラスでありながらどうしてお互いを知らないのか。それは、3組と4組の教室の間には階段を挟んでいて、教室的には隣り合っていないからだろう。階段は全学年の生徒が使うので人通りも多いし、用が無ければ向こう側にはまず行かない。顔を合わせる機会がないのだ。それに、学年が上がってクラス替えをして間もないから、隣のクラスのことまでは頭が回っていないのもある。  犬井くんはすっかり緊張が解けていて、さっきまでとは別人みたいだった。  しばらく互いに軽口を叩き合っていたが、私はいよいよ本題を切り出した。 「率直に言っていい? 犬井くんは告白する為に誰かさんを呼び出したんだよね?」 「う、は、はい。そうです」 「何でまた敬語」 「俺にも心の準備と言うものがある」  犬井くんは深呼吸をした。呼吸をし過ぎて過呼吸にならないか心配になるくらいだ。 「本当に呼び出すだけでいいの? 他にも協力しようか?」 「……女子ってすぐ人のことに首突っ込みたがる」  犬井くんはぼそっと文句のようなものを漏らした。私は思わずむっとしてしまう。 「だってさあ、ちゃんと考えたの? ここに呼び出すとか有り得なくない? 名無しの手紙とか普通に怖いし」 「うっ。それは」 「来たのが私で良かったね。ある意味」  私にすっかり言われてしまって、それが図星でも犬井くんは悩んでいるみたいだった。それもそうだ。いくら恋路が不安でも、今知り合ったばかりの人間に好きな人の名前を教えるのは躊躇う。
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