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「何故、我々はこれほど虐げられなければならないのか!?」
夏の優勝投手はそう言って、バアン!と、机を勢いよく叩いた。
教室でポスターの色塗りに精を出してた拓真は、のんびりと彼を振り返る。左腕は色画用紙を手にしていた。これから教室の飾り付けに使う何かであろう。虐げる… とはこの作業に関することだろうか。
いちおう、拓真は彼に付き合ってやる。
「…どした?」
「ハサミだ!」
「はさみ」
「どうしてこうも右利き用ばっかなんだ?! 左利きだって人口の約10%だぜ、もうちょっとあってもいいじゃんか!」
机の上にあるのは、何の変哲もないハサミである。
はあ、と曖昧に相槌を打った拓真は首を傾ける。我々、とは左利き人のことだろうか。
ちなみに現在、拓真達は今週末から始まる学祭の準備をしていた。
学祭は対外的にもこの学校の一番大きなイベントで、生徒の保護者や関係者、ここを志望する小中校生やご近所さん等、一般人も多く訪れる。おかげで生徒達も気合いを入れて準備を行い、普段は学校行事は疎かになりがちな運動部の連中も準備に精を出す。身近な人に好いところを見せたいのは子どもの本能だ。まあ、さすがに圭一郎は事故や不測の事態に備えて当日は隠されることになるだろうが。
「ハサミって、利き手関係あんの?」
と何の気なしに訊ねた拓真に、圭一郎はびしっ!と指差して応える。
「ある。ハサミの刃の合わせ方って、ほとんどが右利き用なんだよ。左手で使うと噛み合わないから、もうぜんぜん使えねーの」
「へえぇ」
そんなもんか、と頷きつつ、拓真が机のハサミを手に取って眺めていると、圭一郎は鞄を探っておもむろに別のハサミを取り出した。
「…それ」
「左利き用!」
なんだ、持ってんじゃん、と言いながら、拓真は元のハサミと圭一郎のハサミを見比べる。なるほど、確かに噛み合わせが違っている。はいよ、と左利き用ハサミを圭一郎に返しながら、
「それ、いっつも持ち歩いてんの?」
「いーや? いつもは右利き用のハサミしかないし、ふつーのも使えるんだけどな。でも左利き用、すっげー使いやすくてびっくりした」
「ああ、そう… てか、いままで使ったことなかったのか?」
「うん。あるってこないだ初めて知った」
さっきは自信満々に断言していた圭一郎が妙に素直に頷くものだから、あれ、と拓真はまたも首を傾げる。
「じゃ、それどうしたんだ?」
「穂高にもらった」
ふうん、と。
ひどく楽しそうに、左利き用ハサミで色画用紙を切り始めた圭一郎を眺めながら、拓真は小さく鼻を鳴らした。
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