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それからすぐ、”も”の理由は判明した。
休み時間。
「圭一郎!」
教室の出入り口から声が掛かって、拓真と周辺の幾人かと話していた圭一郎が「あ」という顔になる。拓真が声のした方に顔を向けると、色黒で長身の少年がこちらを見ていた。
「わり、ちょっと」
と、拓真たちに断ると、ガタンと音を立てて椅子から腰を上げる。教室内の5,6割の視線を集めたまま、圭一郎は色黒の少年と立ち話を始めた。
(いま、柳澤と話してるの、あれって)
(あー、野球部、たしか右の)
(京都から来た… すごいんだって?)
(らしいよ、ほら、大阪のxxxxに熱心に誘われたって)
ひそひそと、周囲から声が漏れ聞こえてきた。噂千里を走る。どちらかというと情報には疎い拓真だが、さすがに運動部のネットワークで基本情報は摑んでいた。
野球部はこの学校のヒエラルキー最上位にいる。実績はもちろん、歴史やら大人の事情やらも絡んで、望むと望まざるに拘わらずそれは事実だ。サッカー部も相当に上位だが、野球部はまた一段高いのだ。そして、中学時代に全国大会優勝投手になり、東日本ナンバーワン左腕の看板をひっさげた柳澤圭一郎がその野球部に入部したということ。一方、同じように全国大会で入賞し、50を超える野球強豪校から声がかかったとかいう右腕が入部したということ。この二つは拓真でも知っていた。
ほどなく圭一郎が戻って来たので、いちおう訊いてみる。
「いまのって」
「ああ、あいつ、野球部の…」
「それはさすがに知ってる。意外に細いな。なんだっけ、名前」
「お前と同じ小林、小林穂高。アレでもすっげー食うんだけどな」
なるほど、だから”も”ね。
とは言わなかったが。圭一郎も彼も野球部の寮生で、入学前から練習にも参加しているだろうから、恐らく最初に出会った”小林”は彼なのだろう。
「部活のハナシ?」
「そう。今日は午後、雨っぽいから室内練習メインになるって」
業務連絡、などと言いつつ、クラス内の他の野球部員に何やらサインを出している。それが一通り落ち着くのを待って、
「仲良いんだ?」
と訊いた拓真に圭一郎は少し、首を傾げた。
「えっ、だれが… あ、穂高と?」
「そう」
「同じポジションだかんなー、練習いっしょだし。まあ、一番よく話すけど」
「ふうん」
特にこだわるふうでもない左腕に、拓真もそれ以上は何も聞かなかった。
いわゆる特Aクラスの新入部員、しかも投手が二人。ちょっとビミョーな感じとかないのか? と拓真などは思うのだが、部外者が想像するよりは、それほど特殊なこともないのかも知れなかった。
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