拓真

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 二年生の6月、全国高等学校野球選手権大会の地方大会開幕を控え、組合せ抽選会が行われる時期だった。 「小林がさ、」  どうということもない、無駄話の途中で圭一郎がそう言いさした。拓真の隣席で、彼が他のクラスメイト数人と話していたときのことだ。 「…はい?」  こんなタイミングで苗字呼びされる心当たりはなかったが、呼んだか、という態で圭一郎の方に顔を向ければ、彼は瞬きを二回。 「あ、おまえじゃなくて、穂高のほう」 「ああ」  と頷きながら、拓真はその違和感の正体を噛みしめる。  この頃、圭一郎は相棒を姓で呼ぶ。まるで他人を呼ぶような響きに、拓真は僅かに座り悪さを覚えていた。それとなく理由を訊いたら、新聞や雑誌のインタビュを受ける機会が増えたせいだという。常にセットで取り上げられるため、お互いのコトを名前で呼び合うのをそのまま記事にされるとガキっぽくてハズイ、とかなんとか言っていたが。  本当にそれだけとは思えなかった。  少し眉根を寄せた拓真を他所に、圭一郎達は会話を続けていた。 「だから音痴なんだって、あいつ」 「マジで。てか、そういやコバ、カラオケとかいかんくね? 俺、一緒に行ったことねえな」  と、同じく野球部の石倉が首を捻った。フツーの高校生で部活のチームメイトとカラオケに行かない、ということが有り得るのか? 周囲の人間も一様に驚く。 「だからさ、ほんとダメなんだよ。ほら、試合のあと、勝つと校歌歌うだろ。あいつとはずっと隣だから聞こえるけど… 一年の頃なんかぜんぜん、音程かすらなかったもん」 「ええっ!? 校歌で?」  校歌はあくまで校歌で、それなりに歴史のあるこの学校のそれは、垢抜けてもいないし凝ってもいない、いかにもなコード進行の曲だった。つまり誰でも同じように歌える難度の曲だということだ。むしろアレをちゃんと歌えないというのは一種の才能ではないか? と、思わず拓真が口にすれば、 「あははは、そうだな、むしろ才能かも」  と圭一郎は妙に明るく笑った。 「いいんじゃね。あんだけ運動神経いいんだから、歌ぐらい下手でも」  歌くらい、ね。  拓真は胸の中で繰り返した。その投げ遣りな言い方にも少し、引っ掛かる。  投手としての実力は相変わらず伯仲しているのかも知れないが、やはり差がつくことが往々にしてある。たとえば、穂高の身体能力の高さは群を抜いていた。学内のスポーツ大会では何をやっても上位に顔を出す。走るのは苦手だったり泳げなかったり、得手不得手の振り幅が広い圭一郎と比して目立った違いだった。  拓真の物思いを他所に、話題は逆に歌の上手い同級生達のことに移行していったが、その様子を横目で見ながら拓真は、ふむ、とひっそりと頷いた。
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