拓真

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 教室の入り口に近付くと、陸上部の佐倉が出てくるのが目についた。部活時のロードで見知った相手だ。 「穂高、いる?」  と訊けば、ああと頷いてから彼は室内に声を張った。 「穂高、お客さん! こば、えーと、サッカー部の小林!」 「拓真?」 「正解!」  続いて色黒の顔が現れて、「どうした?」と快活に笑う。拓真と似たり寄ったりの状況で、穂高も圭一郎から洗礼を受けているのだろう。いまでは二人、ほとんどクラスメイトぐらいの距離感で話をする間柄だった。  拓真も出来る限り自然な『愛想笑い』を浮かべた。 「世界史の教科書もってる?」 「あるけど…」 「貸して♡」 「なんにゃ、忘れたんか」  うん、うっかりなー、とかなんとか言うと、しゃあないなあと穂高が教室に戻っていく。何事かと顔を出す連中になんでもないと手を振りながら、拓真は自分が何をしようとしているのか、まったく解らないままに廊下の窓を振り仰ぐ。  もったりとした濃い灰色の空から、雨が落ちるまでのカウントダウンが始まっていた。  午後、世界史の授業で、拓真は自分の教科書をしまったまま穂高の教科書を開く。教師の声をナナメに聞き、どうでもいいページを開くと、拓真は写真や口絵にちまちまと落書きを始めた。  そして雨の季節が来た。
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