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闇鴉-学びの章-丑三つ刻の訪問者-10/31
「鵜呑みほど危ういものはないと心得よ」
「はい」
「うん、ひとつ尋ねる。壱加える壱は?」
「弍で、御座います。何故、そのような事を…。いや、無駄な問はないだろう…。その問の真意は…」
「ほぉー、私のことが分かってきたか。それでその真意とは何かな?」
「当たり前で(ある)…だから、その真意は当たり前で(ない)処に隠れている。当たり前が当たり前にならない要件は…。それを探るには、当たり前が当たり前になる要件とはを知ること…。価値観?そうだ価値か」
「うん、いいぞ、それで」
「価値が同じなら弍となりますが、価値が違えば弍の意味が変わってくる、と言うことですか」
「そうじゃ。人は経験から思い込みと言う厄介なものを背負うことになる。壱加える壱はと問われれば、疑いもなく同じ価値であると考え、弍と答える、更に問うた者を小馬鹿にするは必定。ならばその者に尋ねたい。大人と子供でも二人。大人と大人でもな。大人と大人であれば協力し合えることあろう。子供であれば足でまといになることも。それでは、弍どころか壱よりも負の要素が増える。小判と一文銭でも二枚じゃ。思い込みとは確認事項を怠る要因よ」
「肝に銘じて」
「そもそも私がそなたを導いたのは、この空界の定めごとに異議を感じてのこと。浄化と称して長き時間を修行として過ごす。学ぶことは良きこと。それに異論はない。しかし、学びとは教わるものか…経験を重んじる割には、図書と睨み合い…。それで何を学ぶのか甚だ疑問に感じてのこと。失敗は許されない。それは分かる。しかし、失敗を恐れて定石で物事を処理して何が愉しいのか。心、砕け散ってこそ立ち上がる強さを会得するものと私は考える。痛みを感じるこそ、二度と憂き目に遭わぬように努めることが学びではないのか、とな。そこに波長の合うそなたと出会った。規律違反は十分承知。それでもやる価値があると考えた。上手くいけば前例を創る。失敗すれば罰則と罵倒を受ける。まぁ、成功しても規律違反は逃れられまい」
「罰を受けると言うことですか」
「それは致し方ないことよ。規律とはそう言うものよ。しかし、探究心に勝てなかった。欲が出たわけじゃよ。ふふふ、私も修業が足りないようじゃ」
「私は後悔などしてませぬ」
「そうか。有難いことよ。その代わりと言っては何だが、そなたには飛び級へと導く。空界では経験値を雷界がわれらの申請によって判別し、格を授かる。弟子を持つ資格のようなもの。また、雷界に異議申し立てが許される。雷界にも色んな考えの審査官がおってな、その申し立てを臨機応変に処理し、規則そのものを変えることもある。今回のことは規則の根底を揺るがしかねないことでな、そこで既成事実を突きつけて風穴を開けてやろうと思うてな…私の我儘に突き合わせて済まんのう」
「お気遣い無用に御座います」
「うん。そこで私に憑依し、私の経験をそなたが共有すれば良い。その経験値と私の推薦状があれば、今より与える課題を終えた後には、弟子を持てる聖人になれるはず」
「聖人とはそれは余りにも飛び級し過ぎではありませんか」
「そうじゃな。まともに考えれば早すぎるわな。しかし、早すぎるか否かはその後の行いで判断されれば良いではないか。適格でないと判断されれば降格されるだけ。降格すればまた這い上がれば良い。七転び八起きじゃよ。まぁ、出来れば、転んで欲しくはないがな、アハハハ」
「私の行いに法師の考えの是非が掛かっているわけですか」
「そう重く感じることはない、私の道楽に突き合わせられていると考えてくれぬか。もし、そなたの存在そのものが空界で認められないとなれば、私が責任を持って、人間界への転生を約束致する、それ位はできる立場でな、安心致せ。そこでそなたに従って貰うべきことはこれよ」
「何なりと」
「時空の散策時に面白い者に出会ってな。観察を続けるとどうも誰かが憑依している匂いが。更に観察を続けると憑依している者もこちらにきづいたようで。故に結界を解いた。そこに現れたのは別の界層の者。魂界の掟に結託は禁じられている。独裁の禁止じゃ。結託しての独裁態勢を作り兼ねないこと、それは新たな争いの種となることを懸念しての定めよ。それ故、同じ界層は勿論、他の界層との交わりもな。相手も警戒していたが、結界を解いたことで互いに改革を考える者同志であることが分かると、一機に互いの距離は縮まった。その者は残虐な悪党と言うべき人物に憑依し、志高き者へと変えておった。その者が協力を願い出てきた。しかし、独裁禁止がある。そこでそなたに白羽の矢がたった。どの層にも属さない者を協力者とする。その者を通して互が手を結ぶと言うことよ。悪党を改心させたのは金界の金蘭と言うものでな、天下取りを目論んでおった。しかし、役不足は否めない。そこで天下を取れる、または、それを裏で支える人物を育てたい。それに私が賛同した。そなたは、天下取りを裏で支える人物に憑依することになる。とは言え、実際に憑依するのは私だが、行動を共にすることでそなたの経験となる。勿論、そなたの意見も聞き入れよう、どうじゃ、やってみるか」
「是非とも」
「では決まりじゃな。もう段取りは出来ておる。では早速、出向くとするか。そうそう、言っておくがこの度は異例も異例もこと。雷界に悟られぬよう憑依した後は互いの交信は禁ずる、と言っても我らは一心同体故、思いは通ずる故、安堵致せ。表立ってはそなたの考えで動く。そなたに憑依し、主導権を握るのが私だ。操り人形ではない。そこは誤解するな。別人格を持つようなものよ。では、参るぞ、良いな」
「良しなに」
法師が教を唱えると下界に馬に跨った侍が映し出された。
「あの者が憑依する人物じゃ。明智光秀と言う者よ。あの者はこのあと野盗に襲われ命を落とす」
「明智光秀…。あの信長を討ったとされる」
「そうよ。我らが憑依しなければ奴の命の灯火は絶たれる」
法師が指差す処に燃え尽きようとしている蝋燭があった。法師が教を唱えると蝋燭は数倍に伸び、勢いよく炎を上げた。
「何をなされたのですか」
「命の据え替えじゃよ。他の者の天命の如何程かを頂いた迄のこと。気に止めるでない」
「この者を生かすために誰かを犠牲にしたわけですか」
「そうよ。言ったであろう我らは、神でも仏でもないと。手段は選ばない。安心せい。この者はこの先、多数の殺戮を犯す。その前にこの者の命を頂いただけのことよ。この者を生かしておけば罪のない者の命が多く奪われる。それを未然に防いだだけのこと。幸い死神の元にもこの者のことは伝わっておらん故、雷界にも気づかれないであろう」
「そのようなこと…」
「だからこそ、我らは厳しい監視下に置かれておるのよ。何が悪か善かはそれを扱う者の意識の持ちようで変わると言ったであろう。気が咎めるか」
「はい」
「まぁ、それが真っ当な考えよ。安心せい。その者には早期転生を叶えてやるわ。その方がその者にとって幸せなことであろう」
「…」
「躊躇えば多くの命が失われる。決断とは冷酷無比を阻害しては叶わぬもよ。批判は全て受け止めるその覚悟がなければ、物事は動かせぬわ」
「鬼になる、いや鬼にでもなる決意か」
「強い志とは綺麗事だけでは済まぬこともある。責任の取り方よ。全責任を背負う覚悟があるか否かじゃよ」
「強い、覚悟か」
「考えるより行動よ。この責任は私が負う。そなたはその経緯を身守ればよい。それでそなたにより良い方法があれば行えばよい、それだけのことよ」
「承知、致しました」
「では、明智が野盗によって命を落とさぬよう、金蘭の用意した計画に沿って時間を遡り、憑依致すとするか」
そう、法師が告げると一機に時空が歪み、意識が遠のいた。
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