闇鴉-ヤミガラス-龍玄・学びの章

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闇鴉-ヤミガラス-龍玄・学びの章

 ここからは、龍玄がまだ龍厳と呼ばれていた頃のお話で御座います。  龍厳は、不思議な夢を見ていた。広大な面積と聳え立つ本棚の群れ。最高部は霞んで見えない。そこには、日本語は勿論、見たことのない文字で書かれた書物が整然と並べられていた。  {上を見上げろ}との支持を感じ、目線を移すと、一冊の本が落ちてきた。それは、龍厳の胸元で浮遊しながら留まった。  そこには、【アトラスの奇蹟ー脳の活動と寿命の考察】と書かれていた。 日本語ではないが、不思議と内容を知ることが出来た。その時、龍厳は、法師が言っていた言語中枢とやらの話を思い出していた。「そうか、文字が読めなくても誰かが読んだ内容が私にも分かるように翻訳されるんだ、うん、これは便利な書籍郡だ」。  龍厳にとって詳細なからくりなど、どうでも良かった。専ら飯を食うのも惜しんで書籍を読み漁るの日常だったから、この上もなく、有難いからくり御殿だと思っていた。  側に背もたれの高い椅子があった。その椅子に座ると、何かの機能のスイッチが入ったように目の前にスクリーンが現れた。それに合わせるように胸元の本の頁が、ひらひらと捲られていった。  映像が現れる。読むというより、映像を見るように頭の中に入り込んできた。これは、夢なのか、空界での日常の出来事なのか、龍厳には分からなかった。しかし、これは便利なからくりだと心を躍らせていた。  どこか南国の島のようだった。通称「アトラス」と文字が浮かび上がってきた。見たことのない文字だが読める。これが未来の日本語か。そう思うとワクワクして期待に胸が高鳴るのを禁じ得なかった。  島の周りには、コバルトグリーンの海が広がっていた。陸地には、きのこの傘のように隆起した岩盤の上に、真っ白な西洋の宮殿が建っていた。岩盤の下には、農地や牧場、果樹園、漁港があった。そこには、日焼けした健康的な人たちが、多く見られた。働く者、談笑する者、子供たちが走り回る姿、老いも若きも皆が、穏やかで自由な島の生活を楽しんでいるように見えた。   宮殿には、透き通るように白い肌の人たちがいた。十代から二十代の若者が殆どで、子供や老人の姿は見られなかった。龍厳の疑問を悟ったように、解説が流れてきた。  ここは、あなたが知っている人類より、遥か以前の人類が生息していた時代の光景です。ここには、大別して三種類の人間が生息していました。ひとつは、感情豊かで健康的なあなたがいた時代と同じような人間たち《ソード族》。ひとつは、脳の機能が最大限に覚醒した人間たち《クリート族》。その中間に位置する《ミル族》です。   クリート族は、ミル族に依頼し、ミル族の指揮の下、ソード族が旅した世界を座標としてデータ化し、意識を飛ばすことで、その場へ瞬間移動する術を会得していた。移動と言っても、肉体から魂を幽体離脱させるもので、肉体が移動する訳ではありません。データの誤差は問題ないが、大きな地形の変化などで、データに大きな誤差がでていれば、大変危険な行為となります。そこが岩場であれば埋没、火口であれば炎上し、肉体へ戻れず、結果として命を落とすこともあった。   クリート族にはその他にも、天文、医術など、数多くの能力が細分化し、覚醒していた。その能力の覚醒度合いには個人差があり、人生経験を含めた総合力で優る者が、長(おさ)を務めていた。   しかし、支配関係はなく、協議決議が基本だった。長の主な仕事は、全体を見ての制度改革やクリートによる犯罪を処罰することだった。  クリート族は、ソード族に必要な情報や方策、医術などを提供する。ソード族は、衣食をクリート族に提供する、Give & Take の関係が見事に成立していた。ミル族は元々、クリート族だったが、病や遺伝の段階で、能力覚醒に著しい低下が見られる者たちだった。クリート族は、大きな問題を抱えていた。高い脳の覚醒は、念の力で大概のことを叶えられた。精神力を極限までに集中させることが多く、脳のみが欲する栄養素が主食となる体質に変化していた。そのためか、肉体の衰退が激しく、抵抗力も著しく低下し、病弱な肉体による、短命を余儀なくされていた。それは深刻で、平均寿命が25歳に満たない状況だった。クリート族が、ソード族のエリアに行くことは、常に危険を伴った。些細な虫刺されや、雑菌でも命取りになることもある。 更に問題なのが、クルート族は、外界との接触がなく、血縁関係が近く、遺伝子レベルの障害も危機的状態を招いていた。ソート族からの衣食を、ミル族が熱殺菌し、無菌室を通し、クリート族に渡るというのが日常だった。  龍厳は、見たことのない世界を映像と解説で体感していた。体感というのは、意識を集中すれば、畑作業をするソート族の隣りで見ることができたからだ。
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