闇鴉-学びの章-失われた能力-9/19

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闇鴉-学びの章-失われた能力-9/19

 「明瞭・簡単、それが一番か。そうですね。だから、お伽草子やことわざ、格言などが、後世へと受け継がれているのですね」  「難しく考え、袋小路に迷い込む。糸口が見えないから、考えることを諦める。裏を返せば、簡単に考え、進路を明確にする。糸口を見つけ、一歩進んでみる。空界では、物事の裏を簡略化して考えるのが基本じゃて。その教えに 《あるは、ない。ないは、ある》 というのがある。嫌い嫌いは好きのうち、落語の饅頭怖い、と似たようなものじゃ。迷路に入れば、あるをない、ないをある、に置き換えて考えてみる。反意語で起こる状況が、どのようにして起こったのか、起こるのかを突き詰めて考えれば、糸口は意外と見えてくるものじゃよ。覚えておくが良かろう」  「御意。そこで、法師、ソート族は、奇々怪々な能力に頼らず生きる人間として、試行錯誤を経て、歴史というものを作っていく。クリート、ミル、ザックはどうなったのですか」   「ザックは、人の心に、邪念という欲に巣喰う邪気となり、さらに、欲望を貪り、身勝手を糧にする餓鬼の元祖となった。クリートとミル族は、その力の強弱により、魂界を生息し、邪鬼、餓鬼に立ち向かう存在となった。あの島での戦いは、今も続いているということじゃ。そこが、 《モーセの十戒》 とか異なるこかな」  「善と悪ですか」  「簡単に言えばそう言うことになる。しかし、勘違いするでない。善意側に立ったとしても、神だのその生まれ変わりなど思うでない。それこそ奢りじゃからな。邪念は悪への道の道標。人間は神の代弁者になれても、神にはなれない。そもそも、生体が異なるからな。と言っても、神がどんな生体かなど、我らに分かるはずもない。知った所でどうにもならないこと。ゴールの見えないものに、突き進むのは無駄なこと。やめとけ、やめとけ。解けない問題もある。それをUFOやUMA など未確認○○という言葉で処理し、納得している。人間とは何事も納得しなければ、前に進めぬ生き物だからな。どんな形でもいい納得すれば、心が楽になる、それでいい、ケ・セラ・セラじゃ」  「そうですね、前に進むには、どんな形でも結着が必要ですものね。あっつ、生前に聞いたことのない言葉がすんなりと消化できるのは…、言われていた法師の言語中枢とやらと同調しているからですか」  「そうよ。私が私に話しかけるようなもの。それをそなたと私に応用しているものよ。心の会話に言語の違いは無関係じゃ。あるとすれば育った環境や教育が関与することはあれど、同化を行う故、それも大した問題ではない」  「同化とは、洗脳や束縛されると言うことですか」  「それは違う。個別の意志は意志として尊重される。醜くても真実は真実。それが正誤の全てよ。それを客観的に考える精神力と思考力を身につけるのがここの「学び」よ」  「それで安心しました。独裁者になれない、と言うことですね」  「そうじゃ、それは厳しく雷界(でんかい)の者が見張っておる。禁を犯せば警告と刑罰が下りますよえ注意致すがよい」  「そう致しましょう」  「さて、話を戻すぞ。龍厳よ、クリート族とザック、どちらが善で悪じゃ」  「えっ?それは、クリート族が善でしょ」  「なぜ、そう言える。悪魔がいる。その悪魔を自分の欲求を満たすために力を借りている者がいる。その悪魔を追い払う天使がいる。悪魔からすれば、邪魔をする天使は悪になる。以前にも言ったが、立場が変われば、善悪の考えも変わる。悪魔も天使も、困っている者を救うという意味では同じじゃよ」   「確かに、救うという点では同じだ。すると…発展・進歩、そうか、そうゆうことか」  「お~、気づいたようじゃな」   「はい、その後の善し悪しですね」  「其の通り。御名算。助けられた後のその者の生き様じゃ。簡単な例えがある、薬じゃ。阿片を与えられた者はその時は良いじゃろう、その後は廃人じゃ。助けられ更生すれば新たに生き、未来が少しは開けるじゃろうて」  「有害でない未来があるかないかで善悪が決まるって事ですか」   「それだけかな、決めては」  「それは…あっ、関わる者の存在ですね」   「いいぞ。関わった者を不幸に陥れるのが悪、その逆が善じゃ。人は人と関わり生活する、それが人間関係だ。悪も結果として人間の欲が作り出すもの。異常な欲は、人間関係の悪化が招くもの。願わくば、その悪化を防ぎたいものじゃの」  「はい」  「しかし、現実はそう甘くない。荒治療も必要不可欠なこともある。例えよう、ここにみかん箱がある。その中に腐ったみかんがある、そなたならどうする」   「それは、腐ったみかんを取り除くでしょう」   「そうじゃな。一個のみかんのために全てが腐るからな。では、腐ったみかんが人間ならどうする、切り捨てて、殺すか」  「殺すは、乱暴かと。更生させれば良いのでは」   「そなたがするのか。犯罪者の烙印を押されれば、施設が更生を担う。しかし、現実にはそれに至らない。腐ったみかんが、身近の環境を壊しておる。さぁ、さぁ、どうする」  「それは…それは…」   「済まん、済まん、追い詰める気はない、悪う思うな。現実は、そうそう綺麗事では収まらない。キリストの言葉に、「罪を憎んで人を憎まず」であったか、そんなものがあったような。彼は、神なんだろう、だから、慈悲に溢れている。我らは違う。我らは取り敢えず、我らの領域を守ることに尽力を注ぐ。よって、腐ったミカンは領域から排除する。他の領域でそのみかんが悪さをしようが知らぬ。その領域の処理に任せる。我らが、そこにゴミを捨てたのではなく、ゴミがそこを選んだのだ。社会という大きな領域で見れば、そのゴミを見抜けず雇った者が愚かだと、我らは、割り切っておる。自分たちさへよければいいのか、と言われれば、承知と胸を張って言おう。しかし、悪と関わった者は二度と関わらないように注意をするであろう。それでよいのじゃよ。我らのような悪を寄せ付けない小さな領域が、多くあればあるほど、悪の付け入る隙がなくなる。少数でできないものも、集結すれば大きな力となる。そう考えておる」   「現実とは確かに性善説だけでは、立ち行かぬものですね」  「そういう、ことだな。欲があるから悪を産む。欲があるから発展を産む。裏腹じゃよ。現実とはドロドロしている、そう思っておけ」  「色んな思惑が絡み合う、人間関係とは難しいものですね」  「まぁ、体験すれば分かるわ。少し、息抜きをするか」   法師は、合掌した手を下に向け、左右に広げていった。すると、足元の雲がさ~っと開き、下界が見えた。二人は、鳥が羽を休めるようにスーっと降りて行った。人々が確認できた。そこには、龍厳が見たことのない人たちが闊歩していた。  「丁髷がない。二本差がない。侍はどこへ行った」   「そなたが見ているのは、明治という年号だよ」  「明治ですか」   「そうじゃ、徳川幕府の江戸時代は、大きな合戦もなく、平穏に世を収めた。朝廷に全てを返還し、海外との交易も開いた。散切り頭に文明開化の音がする、と民衆は、新たな日本の未来に期待を抱いている時代の光景だよ」  「江戸は終わり、明治ですか。西洋の文化が多く取り入れられているんですね。書籍で知る出島以上の西洋化ですね」   「魂となり、空界で暮らしている年月は、そなたが思っている以上に経っておる。十二年で一歳は、人間界で途方もない年月じゃが、ここでは早かろう」
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