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片思いのままでいい
都会の人ごみの中で私はあなたを見つめる。
周りには最上階を見るためには首を痛めなければいけないほど大きなビルが立ち並んでいる。
そんなビルに囲まれた交差点で、あなたはいつもこの信号を渡って私の横を通り過ぎていく。
音楽を聴きながら。
あるいは、同じ会社の人と喋りながら。
私の横を通り過ぎる時に、あなたは私に見向きもしない。
それが当たり前なんだけど少し悲しかったりもする。
あなたを見ていると信号がチカチカして赤になる。
そして、たくさんの車が通り過ぎる。
毎日、何度も見ている光景。
その中で、あなたは輝いて見えた。
今日もたくさんの人が私の横を通り過ぎていく。
人ごみの中にいると、寂しくなるけれど。
私の居場所はここにしかないから。
今日は、あなたがなかなか来なかった。
もう今日は来ないのかな。
そう思ったけれど、あなたは横断歩道を走って私の横を通り過ぎていった。
遅刻しそうで急いでいるんだろうな。
でも、あなたはハンカチを落としてしまった。
私には、あなたの肩を叩くことしかできない。
ちょんちょん、と肩を指先でつつくと、あなたは振り返ってハンカチに気づいたみたいだった。
それから、肩を叩いた人を探していたみたいだったけれど、私のことを見つけられずに走っていった。
あなたが遅刻しませんように。
今日は、あなたが交差点に長くいる日。
あなたは花束とチョコチップ入りのクッキーを持って交差点の前に来る。
チョコチップ入りのクッキーは、私の好きなもの。
信号機の下、他にもいくつかの花束とジュースやお菓子が並べられたところに、あなたは立つ。
花束とクッキーを置いて、あなたは涙を流した。
「また、会いたい……」
あなたはそう言った。
あなたの涙につられて、私も泣いてしまいそうだ。
「私は、ここにいるよ」
あなたには見えないけれど。
私は心の中で呟いた。
でもあなたには私があなたの後ろにいることがわかっているかのように、振り向いた。
私は、何かが頬をつたうのを感じながら、あなたには見えないことがわかっていても。
微笑んだ。
五年前、私は車にはねられて死んだ。
あなたは私の命日にここに来てくれる。
あの頃はまだ高校生だったのに、あなたはもう立派な社会人になっているね。
私のことを忘れないでほしい。
少し遠回りしてこの交差点に毎日来てくれるのも嬉しい。
でも、新しい恋をしてほしいな。
例えば、同じ会社のあの女の子とかはどうだろう。
結婚して、子供ができて、孫も産まれて。
私の片思いは片思いのままでいいから。
あなたが幸せになりますように。
私は人ごみの中からあなたを見守っています。
fin.
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