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苦しさのあまり気を失いそうになっても、僕は決して妖力を解放することはなかった。
延々ともがき続けている分からず屋の僕を、二番目の兄は暫し軽蔑の眼差しで眺めていた。
けれど、いつの間にか何処かへと行ってしまったようだった。
そのことに気がついた僕は、途端、物凄く心細くなって、いよいよ泣きながら父を呼んだ。
どれ程の時間そうしていたのか。
結局、僕を助けてくれたのは、二番目の兄でも父でもなく——見るに見かねてやってきた三番目の兄だった。
「苦しくて、苦しくて堪らないのです」
僕はずぶ濡れの身体を震わせながら、有らぬ限りの声を上げて泣き喚いた。
ただただ、彼女に会いたかった。
もう会えないというのなら、この命など早々に散って仕舞えばいい。
それも叶わないというのなら……。
「僕の記憶から消し去ってください」
「お前はそれでいいのかい? 」
「いいのです。どうせ、僕はもうあの子には会えないのでしょう?
会えたところで、僕は白狐。
あの子の命はいつか散り……僕は一人取り残される。
会えないだけで、こんなにも苦しいのです。
彼女を失うなど……僕には耐えられません。
神様はどうして僕を人間に創造して下さらなかったのでしょう。
人間であれば、輪廻転生——生まれ変わった先で、また出逢うこともできたと言うのに……」
たとえどれ程の時が必要だったしても、姿形がすっかり変わってしまったとしても、僕は彼女を見つける自信があった。
彼女もきっと、僕を見つけてくれるはずだ。
生まれ変わることさえできれば、僕はまた彼女と笑い合える。
そう、生まれ変わることさえできれば……。
——全ては夢物語だ。
涙に暮れている僕の頭を、三番目の兄は何時迄も何時迄も撫で続けていた。
兄ほどの力があれば、直ぐにでも僕の記憶を消し去ることが出来ただろう。
けれど、彼はそうしなかった。
僕が泣き疲れて眠ってしまうまで待ち続けた。
彼は僕が知っている誰よりも優しい。
僕の記憶から彼女が消え去った。
そして、夢のように楽しかった日々も……。
——そう。全ては夢物語だったのだ。
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