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此の世に生を受けてからほんの数百年。
あの頃の僕は、神の使いとして余りにも未熟だった。
父や兄達の様に望み通り姿を変えることも、声色を変えることも、なかなか上手く出来ずにいた。
僕にはまだまだ修行が必要だということは己が一番良く解っていた。
それでも僕は、娘と離れる気になどとてもなれず、何時迄も何時迄も此の場所に居続けた。
そんなある日。娘が青年を連れて来たのだ。
すらりと背の高い細身の青年であった。その手は娘のそれと大差ない程に白く頼りないものだった。
娘から剣の使い手だと聞いていた僕は少し意外だと思ったものだ。
「父上と母上に気づかれたら、今度こそ外出禁止にされてしまうわね」
そう言って可笑しそうに笑うと、娘はいつもの如く僕の頭をくすぐる様に撫でながら、内緒だよ。と呟いた。
「はじめまして。彼女から話は聞いているよ」
娘に倣うように、僕の頭を何の躊躇いもなく撫でている青年を暫し眺める。
僕は、僕たちを忌み嫌う人間が少なからずいるということを知っていた。
その理由が、僕たちにあるということもだ。
僕は、その様なことをしようなどと生まれてから一度も思ったことはないけれど……僕と同じ考えを持たない奴等も残念なことに存在している。
僕たちは長らく生きれば生きるほどに、とてつもない妖力を手に入れる。
その力を善とするか、悪とするかは、其々の行動によって表面化されることになる。
悪の思想に取り憑かれた奴等は何の躊躇いもなく、己の娯楽を満たす為に人々を欺く。
僕はその様な奴等を不快に思いながらも、目の当たりにしても何も出来ず歯がゆい思いをするだけであった。
兎にも角にも僕は未熟者だったのだ。
それ故に、この心優しき娘と青年が、悪さをする奴らの餌食にだけは決してならないで欲しい。そう願うことが精一杯だった。
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