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年年歳歳花相似たり 2
父の屋敷から逃げるように帰ってきた僕は、住処である大樹の穴蔵で、出来る限り身体を小さく丸めていた。
このまま小さくなり続けていれば、いつかはこの世から消えて無くなることが出来るかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、僕は一心不乱に丸まり続けた。
僕は永遠の命。
娘と共に黄泉の世界には行くことが出来ない。
その事実が僕の心を深く傷つける。
娘のいなくなった世界に、僕が生きる意味などありはしないのだ。
娘のいなくなった世界に、僕を照らす眩い光などありはしないのだから……。
光を失った僕の世界はただただ漆黒の闇が広がるばかり。
どんなに目を凝らしても何も見えてはこない恐ろしい世界だ。
そんな世界で、僕は生きていける自信がない。
どうしようもなく、あの娘に会いたかった。
もう一度、あの白く柔らかな手に触れたかった。
あの頃のように……。
初めから僕は気づいていた。
僕は神の使いである白狐であり、あの娘は命に限りのある人間だ。
成就するはずないと分かっていながら、僕はあの娘に恋をした。
恋をして、恋をして……そして、恋をしている。
——この想いは永遠なのだ。そして、成就することはない。
僕は記憶を消し去り、あの娘の前から姿を消した。
それでは足りなかったというのだろうか。神様は時に残酷だ。
僕たちは、またこうして出逢ってしまった。
僕の心は、あの頃と同じように——終わりのない苦しみに喘いでいる。
僕の黒目がちな瞳からは、止めどなく涙の雫が零れ落ち、ちっぽけな巣穴に跡をつける。
落ちては染み込み、落ちては染み込み。
目に見えぬところまでも、じわじわと侵食していく。
恋とはこんなにも苦しいものだったのか……。
そんなことを考えていた時だった。
僕の耳に届いた連続する小さな破裂音と、辺りを包み込んでいる焦げた臭いに、恐ろしい予感が胸を過ぎった。
僕は素早く住処を飛び出し、森の中を勢いよく駆け抜けた。
木々の間をすり抜け、ただただひたすらにこの足を動かし続けた。
視線の先——闇夜の中で徐々にその姿を誇示し始めたその光景に、僕は己の目を疑った。
これは夢幻に違いない。
そう信じたかった。
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