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冬も過ぎ、漸く暖かくなった日の國。そろそろ、桜が咲く頃だと人々の表情も和やかであった。
其れは、城内でも同じく。蕾が開き始めた桜へ、ついつい目を向けてしまう。城に設けられてある道場からも、桜の木が僅かに見えるものだから。
「――咲矢様」
聞こえた声に我に返ったのは名を呼ばれた咲矢。幼い頃より特徴的であった朗らかで人懐こい瞳は、成長を遂げ元服した今でも面影を残している。
「何だ」
何を文句があるのだろうと瞳を丸くさせ、声の方へ振り返ると、表情も無く腕組みしている側仕え、志鶴の姿があった。
「桜はまだ蕾ですぞ。今は、稽古に集中して頂きたい」
「志鶴は厳しいな」
溜め息混じりに、手にある竹刀へ視線を落とす。素振りを行っていたもので、かなり腕が怠い。其れもあるのか、中々竹刀を両手で構える気になれない咲矢。しかし。
「普通です。沙羅様より、御命だけは必ず御守りせよと仰せつかっております故。全て其の為に必要な事です」
志鶴は何時もの如く、淡々と己へ課題をこなせと促す。
「なぁ、私はお前に守って貰えるのでは無いのか」
少し、拗ねた様な表情だ。しかし。
「勿論。ですが、御自身で身を守れる様に稽古を積むのも大切な事です……沙羅様にも、御理解頂いておりまする」
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