すでに、君は

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何を、何を言っているのだろう。 嬉しいという気持ちと、駄目だという気持ちがごちゃごちゃになる。 好きでもない人の隣に来て、わざわざそんなことを口にする人っているのだろうか? いや普通いない。 自問自答で即答が出る。 でも、駄目。駄目なんだ 「彼女いるのに馬鹿じゃないの?」 自分の中に出てくる気持ちや言葉を全部否定するために冷たい言葉を口にする。 お願いお願い もうやめて 私をかき乱さないで お願い、離れて 近づかないで――――っ 「てかさ、知ってた?」 健太は、今の会話がなかったかのように切り出した。 ああ、もう。 本当、コイツはなんなんだろう。 ああそうだ、きっとただの遊び人だからこういうことが出来るんだ そう自分に何度も何度も言い聞かせながら「何が?」と仁菜は尋ね返した。 心の中はぐちゃぐちゃ。でも、表は普通に、平常心で、何も思ってないかのように振舞う。 そう振る舞わなければいけないという使命感に駆られていた。 「珠理奈のこと」 素っ気ない口調に、あ、やっぱ告白されたんだ、と察する。 一緒にこの場に帰ってきていないことからなんとなく結果が読めた仁菜の心が、不意に落ち着いた。 ああ私最低だな、と思いつつも少し落ち着けたのは有難かったのでそっと珠理奈に頭の中でお礼を言いつつ「知ってた」としれっと返した。 瞬間、健太の表情が悲し気になり「そっか」と伏し目がちに呟いた。 その表情も、言葉も、意図が全く分からず、本当に読めない奴だコイツ、と思いながら仁菜は火照った身体を冷やすべくと飲み物を口に含んだ。 と、急に健太が仁菜との距離を詰め顔を近づけてきた。 「てか、さ、やっぱ、アイツと付き合うの?」 突然接近されて動揺したものの、それよりも質問が気になったおかげで再び火照る事態にならずすんだ仁菜は「アイツ?」と首を傾げる。 健太は、言いにくそうに視線を逸らしながら仁菜の向かいにある椅子を見やり「……ほら、その……」ともごもごとする。 そこで、仁菜はピンときた。 浩一も、珠理奈と同じ目的だったのだと。 「あー……断った」 「え」 健太が驚いて見てくる。 その視線から逃れるように体ごと逸らし、正面の席を見ながら「んー……ね、好きに、なれんかった」と正直に零した。
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