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「この辺の冬は、雪が深いんだろ?」  今晩も当たり前のように、長谷川はいつもの場所でビール片手に煙草を吸っていた。かなり冷え込んでいるから、スウェットの上下にロングカーディガンを引っかけている――都会の男は、こういった上着を羽織るものなのだろうか? そんなことを考えていたら、長谷川の方から話しかけてきた。 「結構、積もるかな……。最近じゃ、雪の中の露天風呂に入りに来る人が多いな」 「おおッ! 露天風呂で雪見酒ってのも、死ぬまでに一度やってみたいなあ」  ……死ぬまで(・・・・)、に?  「進ちゃんは、腕に技術があっていいよね。おれなんて希望も夢もなくて、ただ死ぬために生きてるだけって感じだよ」  近くの置き石の上には、ビールの空き缶が既に二本ある。……少し酔っているのだろうか? 「まだ……、若いのに。大学に通ってるんだから、明るい未来だろ?」  アハハ。上を向いて口を大きく開けた長谷川は、手に持っていたビールを逆さにして残りの数滴を口の中に垂らす。それから空になった缶を手で潰し、口の端に皮肉な笑いを作った。 「おれさ、ゲイなんだー!」 「ぇ?」 「キモいだろ? 男しか愛せないゲイなの! 親も、変な病気になって事故って死んじゃったし」  「おれなんて、世の害虫みたいなもんよ。気持ち悪いんだってさー! 進ちゃんもおれのことがキモかったら、さっさと自分の部屋に帰れよ?」今夜の長谷川は、一体どうしたのだろう? 明らかに雰囲気が違う――それに、ゲイ(・・)に対する偏見どころか進次郎はその手の人間に出会ったこともないから、気持ち悪い(・・・・・)と思えるほどの情報もなにもかもを持ち合わせていない。 「俺は……、高校中退だ。7年前に実家が火事で焼けて両親が死んだ。その時、煙を強く吸い込んだ兄が――。それ以降、植物状態で入院してる。その兄が死んだら、俺の家族は全滅だ。兄には生きていて欲しい。そしていつか、目覚めた兄と一緒に旅館を再興する。そのために……俺は生きる! 頑張って、頑張って、生きる為に働く(・・・・・・・)……」  目を(みは)った長谷川は、短くなった煙草を深く吸い込み置き石の上の空き缶に押し込んだ。ジュッと、火が消えるくぐもった音が缶の中から聞こえた。それから何かを考えているような様子だったが、数分後に右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。  考え事を終えた時などにする、彼の特徴的な仕草だ。 「進ちゃん、ごめん……」  長谷川が、低い声で小さく呟いた。進次郎は謝って欲しくて自分のことを話したわけじゃない。 「いや、別に……」 「死ぬ(・・)なんて言葉を、軽率に使って。ホント、ごめん……」  本当に何とも思っていない。しかし素直に謝ることができる点は、彼の美徳だと改めて感じる。  進次郎は、長谷川に死ぬために生きてる(・・・・・・・・・)だなんて、寂しいことを言って欲しくなかった。たったそれだけのことだ。 「おれさ。進ちゃんって、このホテルの御曹司だと思ってたんだ。だって、丸山(・・)ホテルに勤めてる丸山(・・)進次郎だろ?」  クスッと笑った。長谷川には、皮肉な笑みでも何でもいいから笑っていて欲しいと思う。 「ここは、伯父夫婦のホテルなんだ。それと、この地域は丸山(・・)だらけだ」 「ふーん、そっか……」  進次郎の話ばかりに終始してしまったが、長谷川の親は変な病気で事故った(・・・・・・・・・)と言ってなかったか? 死んだ(・・・)とも――さり気なく深刻な話を聞いたような気がするが、今は詳しい話を訊けるような雰囲気じゃない。  「……」 「……」   しばらくの間、言葉を交わすことなく二人で星空を眺めながら佇んでいた。不思議なことに、お互い黙っていても気詰まりや苦になることがまったくと言っていいほど無かった。 「そろそろ引き上げるか? 進ちゃんも、朝早いんだろ?」 「長谷川こそ、早く寝た方がいいぞ! 酒臭いッ!」  進次郎がそうと答えると、長谷川がゲラゲラと笑い出した。二人で一緒に笑った。こんなに笑ったのは、いつ振りだろう。  二人、笑い転げた。星空に向かって――
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