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「この前は、失礼なことを言って本当にゴメンな。これ、お詫びっていうのもなんだけど――」  今シーズンに入り長谷川が添乗でこのホテルに泊まるのは、今日で2回目だ。あれから既に二か月も経っていた。7月に入り大学が夏休みに入ったらしい。  今夜も降り注ぐような星空の下、長谷川は首が伸び切ったTシャツにヨレヨレの半ズボン、濡れたくしゃくしゃの髪、ホテルのタオルを首に引っかけ……煙草にビール。一年前と全く変わらない姿でそこ(・・)にいる。  進次郎も仕事が終わると、当たり前のようにそこ(・・)に向かう。そして長谷川の隣に立ち、コーラのペットボトルを受け取る。ボトルについた結露の状態で、長谷川がどの程度の時間ここで過ごしているのかを推し測ることができる。今夜はそれほど長くなかったようだ。進次郎は内心でほっとしていた。   「あのね。おれってさ、子供の頃から胃腸が弱いお坊ちゃまだったわけ。ついこの前行って来た、霧ケ峰高原のニッコウキスゲを観ましょう的なツアーの添乗で……」  ――牧場観光のとき、仲良くなったおばちゃん軍団(客のことらしい)に『一緒に、搾りたての新鮮な牛乳を飲みましょう!』って誘われて、めっちゃ断ったのに……! おれの分まで買ってきちゃったんだ。それで自分も飲まなきゃ良いのに、厚意を無にしちゃ悪いかな? って思って……。ついつい飲み干しちゃったんだよ! 因みに、のど乾いてたから美味かった! でさでさ、バスが走り出して10分も経たないうちに腹ン中が大騒ぎし始めたんだよーッ!  少し恥ずかしそうに笑いながら、仕事先での経験談を話してくれる。こんな長谷川の様子を――ずっといつまでも、見ていたいな。などと、しみじみ感じながら「で、どうなったんだ? 長谷川の()は?」と話しの先を促す。   「イヤー! スゲー恥ずかしかったんだけど、前の方に座ってるドライバーさんとガイドさんに相談したんだ。それがまた親切なコンビでさ、最寄りのトイレがある施設で途中下車してくれたんだぜッ! おれがお漏らしでもしたら困るとでも思ったのかも知んないけど。あの時、二人が神様仏様に見えたし! お客様にも正直に伝えたら、皆さん『早く行っておいで!』って優しく言ってくれたんだ。有難かったなー」  長谷川の人柄が、皆にそのような言動をさせたのだろう。 「それって、『乳糖不耐症』っていうと思ったけど。確か、牛乳に含まれる乳糖を上手く腸で分解できなくて下痢や腹痛が起きるとか聞いたことがある」  近頃アレルギー対応の食事を希望する客が増えてきているため、進次郎は栄養の勉強をしていた。 「そうかー! 多分それだろうな。『はいどうぞ』って笑顔でカップに入った牛乳渡されてごらんよ……。断れないだろ? 『有難いな』って進ちゃんだって思うはずだよ」 「……」  自分が同じ立場だったら……? どんな対応をするだろうか? そもそも客が進次郎に何かを振舞おうという気持ちには、至らないのではないか――。口にこそ出さないが、進次郎はそんなことを考えていた。  少しの間、考え事をしながら黙っていると、隣からガサゴソと紙ずれの音がしてきた。長谷川が小さな紙袋をポケットから出し、『あれっ? うわっ! 皺くちゃになっちゃってるしー!』と言いながら手の中でガサゴソしている。 「どうした? なんだ、それ」 「……んッ。ちょっと……」  ずっとガサゴソしていたので気になって覗き込んだら、『オイッ! まだ見て良いって言ってないだろッ!』と真っ赤な顔で長谷川が怒り出した。
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