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「進次郎さん、早く孫の顔を見せて。香奈(かな)は、もう29なのよ――」  結婚後、進次郎と妻の香奈は近くのマンションに居を構えた。  たまに母屋に呼ばれ、義母である女将の作った夕食を家族4人で囲む。その度に、義母からは『孫の顔を見せて欲しい』と()きたてられる日々。  結婚して約1年が経ち、長谷川に会えなくなって約1年半――進次郎は籠に閉じ込められた鳥のような気分で、義務的に生活を営んでいる。 「進ちゃんは、仕事人間だもん! それどこじゃないのよね?」  義母の言葉を受けた香奈が、意味深な視線を進次郎に向ける。進次郎は必死に目を逸らすが、その湿っぽい視線はずっと注がれたまま。『助けて、兄さん!』今日も進次郎は心の中で叫ぶ――。  何もかもが初めて(童貞)だった進次郎は、香奈の指南でセックス(という行為)を覚えた。  確かに放出時は、生理的な気持ち良さを感じることはできる。しかし、何故だかその行為をする度に気分が落ち込み、次第に違和感が増長する。そのせいか、自ら進んで香奈を求めることが出来ないのだ。当初、頑張って週に1回は応じようと心掛けていたそれも、今では月に1~2回がせいぜい。しかも、香奈が強引に求めてきた時だけ。  香奈とのセックスは、気持ち良さで言えば風呂場でする自慰と大差ない。  教え込まれた前戯・後戯・事後の処理、どうしても好きになれないディープキスなど……。諸々の行為をしなければいけない(・・・・・・・・・)ことを考えると、後者の方が断然気楽だ。 「進ちゃんのお兄さんは、こんな風に私を愛してくれたのよ。ほら、もっと激しくして! 進ちゃんも、早く上手くなって私を気持ち良くさせて――!」 「……ッ! ゴメン……」  情けなかったが、香奈にリードされなければ何も出来ない。 「()と似ているのは、顔や体形だけ! 他は、全然似てないし……。私だって好き好んで進ちゃんなんかと結婚したわけじゃないんだから、せめて身体くらい満足させてッ!」  初めての夜、香奈はそんなことも口走った。お互い様だったのだ……。  進次郎の身長は180を超え、体形は痩せ型だが筋肉質。こんな体形のことを、細マッチョというのだと、香奈が言っていた。一見怜悧な印象の三白眼だが、目尻が下がっているから甘い雰囲気だと、長谷川に言われたことがある。その辺が、女性に人気のあった兄に似ている(・・・・・・)といわれる特徴だろうと、自己分析している。屋内で仕事をしているので肌は生白く、髪は板前らしく常に短く切って清潔感を保っている。 「今夜もダメなの!? 若いのに、どうして勃たないの? そんなに私が嫌い? それとも、ホモなの?」  ホモ(・・)? ホモって……? どうしてそんなに嫌そうな顔で吐き捨てるんだ? 急に長谷川の顔が一瞬間、進次郎の脳裏にはっきりと浮かんでから消えた。香奈は、偏見を込めて進次郎を罵倒した。その言葉に対し進次郎は嫌悪感を増長させ、ますます身体が反応しなくなる。  ……この頃から、自分が結婚に不向きな人間だと悟り始めた。
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