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長谷川は、大学を卒業してからフリーターを続けていたようだ。複数のバイトを掛け持ちし、まとまった金が貯まると数か月~半年程度、世界各国へ放浪の旅に出かけるといった生活をしているらしい。
「しかし、ここ半年は、日本で働いてるけどね」
あれから2週間ほど悩んだ末に進次郎が名刺の男に連絡をすると、直ぐに予定を合わせてくれた。名刺には【朝顔トラベル 株式会社 事業部人事 石崎大輔】と書いてある。一番下に印字されていた携帯番号に、恐る恐る電話を入れたのだ。
「驚いたよ。今どき、公衆電話からかかってくることなんて滅多に無いからね。ディスプレイに【公衆電話】って表示されたとき、咄嗟にキミだと思ったから出たけど。心当たりが無かったら、出なかったかもしれないな――」
「……」
進次郎が黙り込むと、クスッと笑った石崎が「……キミは、何故スマホや携帯を持たないの?」と訊いてきた。別に持たないわけではなく、必要が無いだけだ。
「おやっさんの家と、店との往復なんで……」
「ふ~ん。あとは、日曜日に優太の家に通うくらい?」
「いえ……。ここのところ、野球の遠征とかがあって――」
「なるほどね。だから最近、通う頻度が落ちてるんだ。優太が気にしてたぞ」
最初からそうなのだが、石崎は長谷川のことを優太と馴れ馴れしく呼ぶ。長谷川が働いている会社の人間だから、親しい間柄なのかもしれないけど。だとしたならば、なおさら変だと思う。
「野球って、キミは草野球の選手?」
「いえ。翔……、おやっさんの息子の少年野球の手伝いを――」
「へえ、そうなんだ。僕の息子も去年小学校に上がって野球を始めたんだ」
自己紹介のついでに石崎が「僕は35だ」と言ってきたので、進次郎も「29です」と答えた。
「キミはホテルのお嬢さんと、結婚したんだよね?」
「……よく、ご存じですね――」
「ああ。優太が傷心で打ちひしがれていた原因だったし。それに便乗して、僕が食っちゃったからね?」
「……食、う……?」
「ははッ。優太がゲイなのは知ってるんでしょ?」
「――はい……」
「じゃあ、わかるでしょう? 僕が食っちゃった、っていう意味――」
分かりたくなかった。知りたくない。そんなこと。しかし。
「――石崎さんは、結婚して、るんじゃ……」
「ああ、それとこれとは別だよ。優太は男だし、本命を求めていない。あいつは、遊び以外じゃ誰とも寝ないよ」
「寝る、って……セックス……?」
石崎の顔を思わず仰視した進次郎に、「キミだって結婚してたんだから、分かるだろ? あっ。男とは経験がないのかな?」そう言ってニヤリと笑った。
「……」
「キミは、丸山くんは……、優太とどうしたいんだ? 覚悟はあるのか? それともまた、キミの天然ボケで……。優太を傷つける気なのか? ――」
傷付ける? 自分が長谷川を? 意味が分からない……。何を言われているのだろうか? ……どうしたいのだろうか? 進次郎の頭の中は混乱していた。
言葉なく項垂れる進次郎に『――優太は、キミに惹かれてたんだと思うよ。恋愛っていう、意味でね』と石崎が事も無げに言う。
「キミと優太が、どんな関係を築いてきたのか……。それを振り返ってみるといい。キミが優太に固執する気持ち、優太がキミを思い続けている気持ち――それらが、見えてくるんじゃないのか?」
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