プロローグ

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「ぎゃー! それって、超はずい(・・・)失敗だよね。あははははッ!」  今夜は、『朝顔トラベル(朝トラ)』の団体客が宿泊している。仲居達がいつになく楽しそうに働いている様子が、下膳してくる彼女たちの会話や仕草から手に取るように伝わってくる。 「添乗に一人立ちした、その日。奥入瀬(・・・)のことをおくいりせ(・・・・・)って言っちゃって。それも、初っ端の挨拶のとき。でも、最前列に座っていた優しそうな老夫婦の奥さんの方が指でちょいちょいとおれを呼んで、そのことを小声で教えてくれて――」  その後、『大変失礼致しました。おくいりせ(・・・・・)ではなく、おいらせ(・・・・)です。わたくしの勉強不足でした、申し訳ございません。わたくしは、朝顔トラベルの長谷川優太(はせがわゆうた)と申します。本日より三日間、皆様に楽しい時間をお過ごし頂けますよう、精いっぱい勤めさせていただきますので、どうぞ宜しくお願い致します』って、その場を取り繕ったんだ―― 「取り繕うって言ったって、勿論、お客様に楽しんでいただきたいっていうのは本心で、自分の恥ずかしい失敗で不快な思いを引きずったまま旅行を続けて欲しくないという気持ちから一生懸命話したんだぜ!?」 「うん、わかるよ! 長谷川くんが、そうやってきちんとご挨拶したことで、お客様は納得してくださったんでしょ?」 「まあ、多分……」  複数の団体客が利用している関係で、調理場はごった返していた。勝手知ったる何とかで、朝トラの添乗員が仲居達を相手にいろいろな話で笑わせながら、担当する団体客が夕食会場として使用した宴会場の片付けを手伝っている。そのせいだろう。いつになく楽しそうな笑顔で、仕事をしている。 「進ちゃん、今日も朝トラの長谷川くん来てるよ。相変わらず、おもしろい話をしてくれるから、仕事がはかどるわー!」  仲居達は、調理場の進次郎に軽く声を掛けると、忙しなく宴会場に戻っていく。 「いろいろな宿に行くけど、『ここの料理が一番美味い!』って、長谷川くん今日も言ってたよ。特に、『鮎の天ぷらがサクサクで最高!』だって。良かったね、進ちゃん」  嬉しかった。  それは、さっくり揚げるために工夫を凝らした、進次郎自慢の一品だったから。
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