蟻勇軍の花嫁

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 美女と野獣、という話を知っているだろうか。昔母が読み聞かせてくれたおとぎ話である。もう十年も前のことなので詳しい話の流れは覚えてはいないが端的に言えば「真実をの愛情は中身」「人を見た目で判断してはいけない」というメッセージが込められた話だったと思う。私もそれには賛成だ、しかし。それにだって限度はあるとも私は思いたい。  そんな自分の思いとは裏腹に地面をくりぬいて作った豪華な部屋で呆然明かりで照らされた天井を見ながら立っていた私の腰あたりから私を呼ぶ声が聞こえてくる。その方向にゆっくりと頭を向けるとそこには一人の人物が立っていた。いやそれを人と呼んでいいのか分からないが、もし二足歩行で歩き、意志を持って喋れることが人の条件だとすれば確かに視線の先にいる人物は人である。ただし、 「亜」人であるが。 「桜良(さくら)殿、そろそろお食事の時間です。お部屋を用意しましたのでそちらでご案内します」 「………うん、ありがとう。案内して」  視線の先にいる「亜」人物の容貌を一言で表すのであれば、二足歩行で歩き、紅色黒刺繍の軍服を着た4頭身程度の大きさを持つ細長い顎を持った赤い蟻、である。効いた話では彼らはほとんど視力がなく目も退化してしまっているようであるがその目線だけは真っすぐ私の方を向いておりどこか不気味な威圧感を醸し出していた。  だがここで萎縮していても始まらないためゆっくりと息を吸って、その蟻の亜人についていく。  部屋を出ていくとトンネルのような廊下が現れ、そこをどんどんと進んでいく。進んでいく際自分を案内してくれている蟻の亜人とほぼ同じ容姿を持つ人たちとすれ違っていく。しばらく廊下を進むと階段が現れ、そこを上へと上がっていく。階段もどうやら土でできているようだがなかなか頑丈で、踏んでも壊れる気配は見られなかった。  しばらく上っていくとそこに木でできた立派な扉がこしらえられていた。案内をしていた蟻の亜人はその扉を同一間隔で3回叩く。 「総督。桜良殿をお連れしました」 「ご苦労、お前はもう下がって構わない」  扉の中から声が聞こえると案内役の蟻の亜人は扉の向こうと私に敬礼をした後、規則正し歩調で階段を下りていく。その後ろ姿を見終えると私は扉を叩き、開けてその場所へを入っていく。  扉をくぐるとそこは、テラスのような場所になっていた。どうやら先ほど上った階段は塔のようになっていたようで天井や壁がないことによって、彼らの城の周りにある雑木林を一望することができた。その美しい大自然の光景に暫くうっとりすると私は置いてきぼりにしていた存在を思い出しその方を見る。そこには立派な料理や果物が乗っている木のテーブルの反対側の椅子に座っている一人の亜人がいた。  その亜人は他の者たちを同じく細長い顎を持つ赤い蟻の亜人であるが紅色金刺繍の軍服に漆黒の帽子と外套は明らかに位が上であることを表している。 「桜良殿。気に入っていただけましたか?ずっと地下での生活では身が詰まるでしょうからあなた専用の屋外食堂を作らせていただきました」 「は、はい。すごくいいです。景色もいいですし………。でも昨日作るって言っていたばかりなのにもうできるなんて………」 「迅速にあなたの要望に応えること、これは当然のことです。なぜならあなたは代理とはいえ、 我らが、グンタイアリ族を導く女王であるのですから」  ………ここで私のことと彼らのことについて詳しく語ろうと思う。私の名前は桜良。こんな意思表明の薄い性格であるがこの世界にわずかながら存在する種族、人間である。  そして彼は、グンタイアリ蟲人族、直接戦闘部隊「メディア」の総督。現在息絶えてしまった女王の代わりにグンタイアリ族の指揮を執っている人物である。  そんな彼らの本拠地になぜ私がいるのか、なぜ私が女王代理なのか、それをとりあえず彼らが用意してくれた食事でも食べながら思い出していくことにしよう。  そうあれは、今から2日前のことだった。
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